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笠地蔵変奏曲

昔々ある山奥にお爺さんとお婆さんが住んでいました。お正月も近づいたのに二人は貧乏なので十分な準備が出来ません。そこでお爺さんは夜なべで編み笠を10個作って里へ売りに出掛けました。

あいにくしんしんと雪が降り始めたので里の通りに人影もなく笠はさっぱり売れませんでした。日も暮れかけたのでお爺さんは肩を落としてトボトボと雪の深く積もった道を戻りました。

峠に差し掛かると道の脇に立っている石のお地蔵さんの頭にも肩にも雪が降り積もっているのに気付いてお爺さんは言いました。”おうおう、お地蔵さんも寒かろ、可哀想に。せめて笠なりと被せて進ぜよう。売れ残りの笠で申し訳けもありゃせんけど、まあ許して下され”。お爺さんは積もった雪を払ってやり丁寧に編み笠を被せて紐をしっかり結んであげました。帰る道すがら、そのように立っているお地蔵さん一つひとつに笠を被せたので家に帰り着いた時には手に何も残っていませんでした。

どっぷり日が暮れて家の戸口に立ったお爺さんをいそいそ出迎えたお婆さんは言いました。”売れた金で餅など買うて戻ったかえ?どーれ見せなされ””いいや、こうこう言う次第で売れなんだ。そこで帰り道にお地蔵さんみんなに寄進して来たぞい”それを聞いてお婆さんの顔はみるみる赤く膨れました。

”何じゃと? 甲斐性なしが。通りに人がおらにゃ一軒々々戸を開けて御免なされ笠買うて下されと何故言わぬ。門口で五銭の編み笠を二銭で買うて下されと言うたら三個や四個は売れたろうに。そんな目端を利かすどころか、事もあろうに地蔵ごときにただで呉れてやるとはそれこそ一銭にもならんじゃぁ。爺さん地蔵の笠、取り返して来なされ。嫌ならわしが行く”お婆さんはそう言うなり、口の中でもごもごと何やら言い掛けたお爺さんを捨て置いて、本当に峠まで行って笠を全部取り戻して来ました。

その夜更けに家の前で、かしっかしっと雪を踏みしめる足音がかまびすしく聞こえたと思う間もなく、ずさ、ずさと重い音が幾度となく響いてやがて静かになりました。

翌朝お爺さんが戸を開けようとすると重くて開けられません。何があったかと板戸の節穴から覗いて見ると家の前には山のように雪が積み上げられて家は半分埋もれていました。 それは昨晩のうちに近在のお地蔵さんというお地蔵さん全てが頭と肩に降り積もった雪を門口に降ろして帰って行ったからでした。

おしまい。

*

ひどい事をしたお婆さんが受ける罰は仕方ないにしても、良い事をしたお爺さんにも災いが及んだのは不公平だと思う人? はーい!はーい! うーん、そうねぇ。でも夫婦ってそうなんよ。片方が悪ければそれは連れ合いにも及ぶし、片方が良い事をすればもう片方は何をしていなくても同じ果実が得られるんよ。

質問がありますっ。そもそもお地蔵さんは一連の笠事件があったとしてもなかったと仮定しても雪を被るのは一緒の事だったんだから、お婆さんが笠を取り上げたと言って復讐するのは間違いじゃない? うーん、そうねぇ。でもお地蔵さんがしたのは復讐じゃなくてお爺さんの優しい心を認めないで、稼ぐお金の多い少ないでしか評価しようとしない心の狭いお婆さんをたしなめたかったんよ。法治国家の刑罰は復讐ではなくて国民をいましめる目的でするんだけど、この時のお地蔵さんの心とちょっと似ているかな。

2007/10/29

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