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教科書捨てない運動

皆さんは過去に習った学校の教科書をどのように処遇しておられるだろうか。

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小学生時代の教科書なら処分してしまってもよいだろう。幼少の頃を懐かしく思い出すきっかけにはなるが、取り立てて実際の役に立つとは思えない。然し中学時代の教科書は捨てない方が良い。何故なら中学で習う事は何の教科に寄らず常識を形成する為の基礎の基礎になると思うからだ。

私の父は”実社会で英語を話せるようになろうと思えば中学の英語の教科書を暗記するのが一番だ”と言って私に学校で習っている単元について文章丸暗記をさせた。そのお陰で高校になっても英語だけはあまり苦労をしなくて済んだ。余談だが、その後長年使わないものだから今英語の力は見る影もなくぼろぼろになった。それを受けて、私は厚顔にも"外人さんよ、日本に来ているなら日本語くらい喋ってくれ"と外国語に安易に迎合しない考え方に賛成することにしている。その考え方は精神安定上大変良い効果を及ぼすものだ。

話はいきなり脱線してしまったが、英語の基礎は中学の教科書を理解/記憶していれば十分らしい、と言いたかったのだ。

私は中学の音楽の教科書を子供に貰って持っている。残念ながら自分の使った教科書は既にない。しかしそれを結構参考にしたい時があって、そんな時は分厚い音楽辞典を始めとする専門書籍も持っていて詳しい情報はそれに頼っているが、さっとアウトラインを見たいとき教科書は貴重だ。実に要領よく纏めてある。

一体に中学で本当に習うべき内容は 又教えるべき事柄は、勿論知識なりテクニックでもあるだろうが、各教科それぞれの奥にある<ものの考え方>ではないかと思っている。特に数学的発想はなんによらず役に立つ。私は数学が苦手で、計算が遅い。それは今に至るまで全くもって変わらず、これはもう諦めている。しかし数学的発想は好きで特に幾何の手法は気に入っている。

ある問題を解決するのにはそれに適した手段を用いなければならない。隠されている武器をも探し出して使わねばならない。それに加えて直観力も必要である。これは数学に限らず通常の生活で出くわす一般的な問題を解決する手法と全く同じで、何ら変わりはない。おまけに幾何はクイズとしても大変面白い。妙な話だが25年位前に、昔使った幾何の参考書を寝床に持ち込んで夜な夜な解いて見た時期があった。高校時代に幾何は平均で30点は取れなかった癖にチャート式と言うその本に暫くの間飽きなかった。

物理学の基礎知識も日常実に役に立つ。庭で水撒きするのにホースが短い時、一番遠くまで水を到達させる方法は風を考慮に入れなければ45度にするのが良い、という風に。楽器の弾き方でも物理学的発想を使えば理解が早い事がある。

時間を持て余した時など、昔使った教科書を取り出して週刊誌を読む感覚で読んでみれば面白いと思う。理解したかどうかと嫌なテストする者はもう居ないのだから安心だ。

歴史なら年代の暗記など瑣末な事に囚われる必要がないからゆったり読めるが、歴史読み物としては中学よりは断然高校の教科書の方が面白い。(ちなみにもっと面白いのが歴史小説)私は世界史と日本史だけは自分が使った高校教科書を未だに持っているが、これは偶然でなくいつか役に立つかもしれない と意識して40年以上も書棚に保存している。

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私は転居をたびたびしたのでその度に書物を捨ててきたから、ここで麗々しく”教科書を保存しよう”などと言う小文を掲げられるほど保存はしていない。だからこれは反省文と言ったほうが良いかもしれない。もしあまり荷物が苦にならない生活をしているならば昔使った教科書を捨てずに、それもダンボール箱でなく何時でも取り出せる書棚に残しておく事を奨めたい。そして気楽に読み返して見る事も。授業中に書き込んだいたずら書きを見つけて懐かしく当時を思い出すという付録もあるはずだ。子供さんが居れば子供さんにもこの考えを理解して貰って教科書保存と活用を奨めよう。

2003/6/6

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