玄関 | 管理人室 | 音楽ホール | バシスト控室 | 合奏団控室 | 工房 | ギャラリー | 奥田治義の世界 | 遮音室 | 娯楽室 | ロビー
トップページ>娯楽室>このページ

泳げる

underline

私は小さい頃からカナヅチだった.住まいは小学生の行動範囲からすれば海から遠く,泳げる場所は川か沼だった.沼はヒルがいて気色が悪かったし岸からすぐに深くなっていたから怖かった.川は陶器工場の近くで,当時は不良品の陶器を川に投げ込んでいたから危険だった.川の橋桁の周りは水が渦を巻くのでえぐれて深く,そこで一度溺れかけた事があって,その時周りに大人が居ず友達が懸命に助けてくれなかったら今生きてはいないだろう.

大学生になって夏の合宿には必ず水遊びがスケジュールの中に入っていたが,これには困った.女の子の手前,泳げないとは死んでも言いたくなかったし,自分の背丈より深い所には行けなかったから岸を見ながら如何にも泳げるが如く平行移動.沖の飛び込み台には興味ないね,みたいな雰囲気を漂わせながら直ぐに水から上がっていた.自分では隠しおおせたつもりだったが,下手な芝居は観客に見えみえだったはず.

*

でも海は好きだった.くだって30歳の6月,出張先の若狭湾でのこと.昼食を済ませて,まだ海開きしていない海水浴場で甲羅干しをのんびり一人でしていた.海には誰もいない.やがて同じ年恰好の男の人がそばにやってきた.”着替えはどこでするのですか?””そこの林の中で済ませましたよ”男は着替えを済ませてまた傍にやって来た.”泳ぎませんか?”他に人はいないのでつい気を許し本音を言った.”いや私は泳げないんですよ,日光浴をしているだけです”すると彼は”泳ぐのは簡単ですよ.教えてあげます,海に入りましょう”意外な展開に戸惑いながらもついて海に入った.

彼は肩くらいの深さを選んで振り返り,”じゃ,立ち泳ぎから入りましょう.手をこう動かすんですよ”彼の手の動きを注視した.腕をゆっくり拡げたりすぼめたり.手のひらは腕を拡げるとき親指を下げ気味に,すぼめる時は小指を下げ気味に.それを見ていてハッと気がついた.腕がどのように動いても手のひらは常に水を押し下げる働きをしている! 水の中では闇雲に体を動かすのではなく合理的に動かさなければならないんだ.

それから彼は仰向けの浮かび方を教えてくれた.これは水が怖くて体の緊張を解けず成功しなかったが,しかしその日これから自分は泳げるようになるかも知れない,という予感はしっかり掴んだ.

次から海に行くのは日光浴の為ではなくなった.

*

仰向けに寝るのは,立ち泳ぎの腕の位置を,体が寝るに従って徐々に体の前から体側へ移動させ,手のひらの水を押し下げる動かし方は変えない.初めのうちは恐怖で腰が引けるのだが慣れるに従って体が伸びて水になじんでくる.

そんな事を繰り返している内に又一つ大きな発見をした.人の体は浮かぼうとすると沈む,沈もうとすると浮かぶ.これはコロンブスのアメリカ大陸発見に勝るとも劣らない決定的な大発見だった.それが解って次にハッと気付いたのは水の中で死なずに生きている為に最小限必要な露出部分は鼻と口付近の僅か10センチ平方だけという真実!.その10センチ平方を水の上に出すだけならほとんど何の努力もしなくても良いように人間の体は作られているようだ!.

泳げる人にとっては自然で当り前の事であり,何故ここで大袈裟に騒ぐのかと読み続けるのが馬鹿らしくなる事だろう.然しそれまでの人生30年で泳ぐことを知らなかった私としては一つ一つが新鮮な”発見”であり感嘆符を幾つ付けても付け足りない事なのだ.

溺死するかも知れないという恐怖は体を硬くし,呼吸を確保する為に頭全体を空気中に晒したい,出来るなら更に胸までも,と焦る.

泳げない根本原因はこれだった.

*

次にしたのは本屋に行き旺文社のスポーツシリーズ”水泳”を買い込んで読み始めたことだ.気をつけるところにアンダーラインを引き,そこを集中的に注意しながら海で練習.帰って又本を拡げて反省,ノートに留意点を箇条書き.

無意味な練習の事を例えて”畳の上の水練”というが,”机の上の水練”はコーチのいない私にとって必要な過程であり,結構役に立った.

私の最終目標は乗った船が沈んだ時に救助が来るまで生きていること,だから長く泳げるのを念頭に置いた.これは負け惜しみが半分,その実はきれいなフォームで速く泳ぐのは不可能と捨てていた.でもそれで満足.

家内は海が余り好きでなく子供はまだ小さいので,若狭湾で手ほどきを受けて以来いつも独りで一週間に2〜3回の練習をしたが,泳ぐ距離は少しずつ伸びて行きキロメートルの枡で測るまでになった.これは遊びではなく独りでする教練のつもりだった.

三ヵ月後の秋口,台風が通り過ぎてすぐ後の荒れた海.水に入るのをちょっとためらったが,それまでの練習で得たものを信じて沖へ向かって泳ぎだした.そんな海だから人影は少ない.岸近くは泡をかんだ波をかぶりながら真っ直ぐ進み,大きくうねるけれども白い波頭の立たない沖まで進んで仰向けに浮かびながら,”俺は泳げるようになった”と胸に一杯息を吸い込んで達成感にひたる事が出来た.

*

泳げない訳と泳げるようになるコツを知って以来,何人ものカナヅチを一寸だけ泳げるようにしてあげる事が出来たのは,このお話の付録. 我が家の子供二人が小学高学年から高校初めまでは,毎年お盆の間海辺で男ばかりの親子三人でキャンプを張ることが通例だった.子供は大変それを楽しみにしてくれて慣れない料理も親子.食器洗いも親子.そして海の中の水練も親子.教師が教師だからそこそこでしかないのだが,二人はそれでも同じ程度には泳げるようになった.

2002/7/22


home / up
   / 


home / up
   / 

spacer