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トップページ>奥田治義の世界>このページプロフィール 1 by Haruyoshi Okuda
奥田治義 プロフィール 1960年広島県に生まれる.中学生でアコースティック/ギターを,高校生でエレクトリック/ベースを弾き始める. 高校2年生の夏休みに衝動的にベースのフレットを抜き,以降フレットレス/ベースを駆使して様々なコンテストで入賞する.同時期,鳴瀬喜博氏に将来性を絶賛される. 大学時代にプログレッシヴ/ジャズ/ロックバンド”スパイラル”(後に”ブラックページ”としてデビューを果たす)に加入.当時の関西No1のフレットレス/ベースプレーヤーとして活躍.大学卒業後も活動を続けるが,当時のプロミュージシャンのあり方に疑問を感じ,”スパイラル”を脱退し就職.以後10年間,演奏活動を休止する. 33歳で帰広し会社設立.34歳で再び音楽活動を始める.様々なバンド活動を行うも,やがてバンドと言う形態に決別し,ソロ/アーティストとして活動を始め,数々のソロ/ライブを行い好評を得る.2000年にはフレットレス/ベースだけによるオリジナルCD”BirdsChildren and Prayer in the Sky”を発表.各方面から絶賛を博す. 1997年の終わりから自身の音楽表現の幅を広げるべく,コントラバスを弾き始める.1999年,広島市民オーケストラに入団. 2001年3月には中野力,梶山修の両氏とともに”threebasses of a secret”というベーシストだけによる画期的なライブを敢行し,コントラバス,フレットレス/ベースを駆使した演奏が各方面から注目を浴びる. 現在はコントラバスの奏法を野田一郎氏の奏法(野田メソード)から多大な影響を受け,弓をジャーマン式からフレンチ式に,立奏をチェロのような座奏に改め,ガット弦とバイオリン用松脂の使用とともに,斬新かつ健康的で快適,音楽的な奏法の確立/普及に努めている. また帰広後はそのジャンルに捕らわれない幅広い音楽性から,理論的,精神的支柱として,後進に多大な影響を与えている.コントラバスを今井直貴 (広島交響楽団コントラバス奏者),野田一郎(独/フランクフルト市立歌劇場管弦楽団第一主席コントラバス奏者)の各氏に師事. 現在,当HP”音楽そしてコントラバス”上に野田一郎氏の監修の下,コントラバス奏法(野田メソード)についての論文を執筆/連載中. |