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コントラバス魂柱の製作

未加工魂柱を使って新しくフラットバック用の魂柱を作るには三つの問題をクリアすればよい。一つ目は魂柱の頭が表面板に当たる位置の決定、二つ目はその位置で頭の傾斜角度の決定、三つ目に全高の決定。それらを寸法精度良く、接面での接触面積を最大になるように作る。当面のポイントはそれだけ。

目的がはっきりしているので後は素人がその目的地に楽に行き着くにはどうしたら良いか考えてみた。普通はどのようにするものなのかを知らないままに考えたので、奇妙な作業方法かも知れないがそれをご説明する。なお、この項はフラットバックの為に書いている。ラウンドバックの為にどうすればよいかは想像出来るものの、体験しないと文章に出来ないような難しい所もあるのでまとめられない。

実は前の小文”魂柱継ぎ足しの記”を脱稿した後でやっと製作の方法を思いついた。工房へ電話し、”自分で作ってみるので未加工魂柱を一本送って下さい。いつか楽器を持っていった時に覗いて採点して下さい”と言って送って貰った。これでお解りのように、魂柱を加工したのは今回たった一度だけ、何度も製作した後に得た知恵ではないが、その代わり何度も頭の中で予行演習をし、そしてやりながらその先を考えた。

■魂柱位置の求め方
これは前の小文の方法と同じなので省略する。魂柱位置測定器はこの作業で本当に役に立つ。

私は前回工房でメンテをお願いした時は、自分は工房へ行けなかったし返送の際に魂柱を外すのは判っていたので、楽器と一緒にこの魂柱位置測定器をお渡ししてプロが設定した魂柱位置をこれで測って貰いそのメモも送って貰った。それに基づいて魂柱を立てている。

■魂柱の頭の角度の出し方。
ワイド補強金具(DIY店で見つけたものだが木材の継ぎ手補強につかう道具のようだ。一辺が25センチある。直角が正確に出ている物を選んで買おう)を楽器裏板にべた付けし、魂柱との距離(図中のX部分)を求め、それを自由スコヤに移して(同じくY部分)、魂柱と表板の接点位置を表面板上で捕捉しておく。この作業は下のリンク画像で確認されたい

ワイド補強金具が裏板にべったり密着しているのを確認した上でそれにスコヤを密着させ、それを確認しつつ魂柱と表板の接点位置の表面部分あたりでスコヤの他辺が表面板と接するように角度を調節する。

正しく当たっていればスコヤのねじを締めて角度を固定する。魂柱とスコヤの垂直辺は平行であるのでスコヤ自身の二辺のなす角度はそのまま魂柱の頭の角度を表している。従ってそのスコヤ二辺の角度の通りに魂柱をカットすればよい。
ワイド補強金具を既存の魂柱に沿わせて置き、補強桟に平行にする。F孔から出た金具の頭はF孔の内側開口部にぴったり付ける。そして魂柱に触れている箇所を確認しておいて一旦取り出し、そこに印をしてもう一度それが正しいかどうかを確認する。
魂柱の製作1

その長さを仮にXとすると、それを自由スコヤに移して同じように印をする。やり方は図の通り。目的は表面板に触れている魂柱の頭の位置を表面板上で特定し、その位置での傾斜具合を知る事。
魂柱の製作2

自由スコヤはワイド補強金具の左側にぴったり付け、平行にする。そのようにする事で自由スコヤの他辺の下に魂柱が来る。
魂柱の製作3

画像では解りにくいがXの距離は自由スコヤに移して印をしてあり、その印の位置で表面板に接するようにスコヤの角度を調節し、ねじを締める。これで魂柱の頭が接している表面板の傾き具合を自由スコヤに移せた。
魂柱の製作4

具体的にはどうカットするか。
良い道具があった、コーナークランプ。のこぎりという原始的な道具を使いながら素人でも望む角度で正しくカット出来る。作業のガタつきから来る切り口のふらつきを防ぐ為に道具には若干調整箇所があるものの実にきれいに切れる。角度をセットしてから一度試し切りをしてそれをスコヤの角度と合わせて見る必要もある。

魂柱の頭をどちら向きにカットするかは注意が必要で、魂柱の年輪が裏板の年輪を横切る形にセット出来るようにカットするそうだ。組織が密で圧力に対する抵抗力の強い年輪部分を直交させる事で圧縮に強い魂柱になるという理由だろうか。のこぎりは細かい刃の新品を使い、のこぎりの自重だけで静かに切る。弓奏でピアニシシモの要領だ。魂柱加工作業は頭の角度出しから始める事に留意。足切りから行うと頭の角度出しを失敗したらもうその魂柱は使えない。(魂柱継ぎ足しの手が残ってはいるが)

自由スコヤの角度を今度はコーナークランプに移す。クランプの上にスコヤを乗せて魂柱を固定する部品とノコギリの刃を通す部品の角度を調節してネジを締める。
魂柱の製作5

ノコギリの刃を通してみてスコヤの角度を正しくクランプに移せたかどうか確認している所。
魂柱の製作6

魂柱を固定してからノコギリを使う。刃の通り道はクランプで固定されているので一定、従って魂柱の頭はノコギリの使い方の上手下手と無関係にコーナークランプで決めた角度の通りに切り落とせる。尚、ノコギリの刃は画像のように細かい”導突目”を使い、力をいれずに引くときれいに仕上がる。
魂柱の製作7

■角度の確認
次に、作った魂柱の角度の良否を確認する。使う道具は何と木綿糸と適当な重りだけで良い。

先ず楽器裏板が水平になるように作業台上にセットしよう。念のため作業台が水平であるかをスラントゲージ(または水準器)で確認した上で裏板を作業台に密着させる。この時は薄い毛布の上に乗せないと裏板の密着を目視出来ない。水平を保つ為にはスクロールの下に適当な高さのものをあてがってやる。

次に部屋の壁から壁へ木綿糸を張り渡す。楽器から少し外れた上空を斜めに横切るのが良い。その木綿糸をケーブルカーの索に見立てて次はケーブルカーを作る。別の木綿糸を先程のケーブルに輪っかにしてぶら下げその先に何でも良いから重りを付ける。私は落ちても楽器を痛めないレンズブロワー(カメラ用品)にした。これでインスタント鉛直測定器が出来た。

次に楽器に戻り、魂柱位置測定器を現在立っている魂柱に突き当てる。すると表面板上での魂柱位置が解るのでそこに角度を付けた新魂柱を自立させる。立てる魂柱の邪魔になるのでG弦は緩めてよけてやる。そしてケーブルカーをぶら下げた木綿糸越しに魂柱の立ち方を見れば良い。鉛直確認は当然一カ所だけでは駄目で最低二カ所で行う。つまり先程のケーブルを楽器に対して斜めにセットした事が生きて来て、重りを移動させる事で違う視点から鉛直を確認出来る。不合格ならサンドペーパーで角度を付け直すよりは、わずかな角度であっても新しくカットし直した方がよい。その為に自由スコヤに移した角度は全作業が終わるまで参考の為そのままにしておく。

製作した魂柱の頭の角度確認をする。魂柱位置を測定器で求めて置いて、そこで魂柱を逆向きに立ててみる。色々に回してみて木綿糸と平行に見えるようにセットする。次に重りを魂柱に対しておよそ90度異なる場所に移動させてもう一度観測する。そこでも同じように糸と平行ならカットした角度は正しい事になる。
魂柱の製作8

ケーブルカー及びケーブルと魂柱の位置関係
魂柱の製作9

角度の確認が出来ればごく細かいサンドペーパーで面を仕上げておく。折角作った角度が変わらないようにケバだけ取るつもりでごく軽く当てる。

■全高の決定
現用魂柱の長さが正しいとして話を進める。それと同じ長さの魂柱を作るにはどうすれば良いか。作業をする上での誤差を減らしたい。その為の道具を作った。

先ず、9ミリ厚程度の30センチ四角くらいの合板を用意する。それに直角定規で直交する二線を引く。その一辺に沿って真っ直ぐなことを確認した木(私の例では合板)を、作業誤差が出ないようにビス止めし(私の例ではクランプ止め)次に残りの辺にそって高さ1センチの橋を渡す。何故橋なのか。魂柱頭は斜めなのでその斜辺の中点での全長を測る事で寸法計測誤差を半分に減らしたいからだ。この道具を”背比べ”と名付けた。

橋にはきれいで真っ直ぐで曲がりにくいものを使う。こうして出来上がった仕掛けに新旧二本の魂柱の頭を狂いなく揃えて粘着テープでお互いを仮止めする。その際に動かして誤差が発生しないよう気を付ける。次は二本の魂柱を接着する。後で切り離さなければならないので、接着剤は当然ニカワ。背比べに横たえたままで二点止めする。それを大型木工旋盤で現用魂柱ぎりぎりの長さに切って貰ってから熱を加えて切り離す。旋盤でなく、のこぎりを使っては仮に大工さんに切って貰ってもここで欲しい正確さは期待出来ない。これで作業誤差が最小の魂柱が出来上がった。

もし例えば現用魂柱より0.5ミリ長い魂柱を作りたかったら背比べをする前に古い魂柱に足元を0位置にしたコピー紙を貼り付けてからニカワを使って二本を接着し、その後に見比べながら0.5ミリずらせて新魂柱に物差しコピー紙を貼り、その0位置で切り離せばよい。鉛筆で印を付ける方法では正確な寸法が期待出来ず、更にカットの時にも作業誤差が出やすいと思う。

この方法は前の小文で述べたテクニックだが奇妙な魂柱継ぎ足しの経験もここへ来てその時考えた事が役に立つ。

”背比べ”に乗せた二つの魂柱は頭の傾き具合を慎重に見極めて一番低いところに鉛筆でマークを入れて揃える。
魂柱の製作10

視点を変えて見た画像。
魂柱の製作11

新旧二本の魂柱を上の2画像のように並べたまま、接触面ににかわを流し込み接着する。にかわが乾けば木工旋盤で旧魂柱の長さに揃えてカットする。その後ににかわに熱を加えて切り離す。これで長さの等しい魂柱が出来た。
魂柱の製作12

物差しコピー紙の改良品。物差しのコピーではなく、CADで作った。
魂柱の製作13

■楽器への取付け
出来上がった魂柱をもう一度表板から定位置にあてがい、鉛直を確認してからそのまま片手で魂柱を動かぬように押さえ、他方で魂柱の前後左右に鉛筆で印を付ける。前後左右と言わずに、スクロールを北極、エンドピンを南極と見立てれば東西南北に印を付けると言った方が解りやすいだろうか。この印付けは出来るだけ正確に行う。なぜならこの印は実際に魂柱を立てる時に魂柱の回転具合確認に使うつもりだし、直立鏡で垂直に立っているかどうかの判定をする時にガイドに使おうという魂胆だ。だから出来るだけ正確に魂柱の東西南北に線を引く。円柱に添って線を真っ直ぐ引くにはコツがある。アルミサッシのレールに魂柱を転がし込み、レールをガイドに使って鉛筆で仮線を引き、それで良ければその後に細めのマジックで引く。マジックを使う際はレールを汚さぬようにビニールテープなどを貼り付けて保護しよう。

次に魂柱立ての尻尾を突き立てる溝をつけてやろう。小刀で当たりをつけてから魂柱立ての尻尾を押し込んでやるが、場所に留意点があるので画像で確認して欲しい。おおむね上から1/3くらいの所で、魂柱をセットした時にF孔側に面した場所だ。頭の斜め具合で判断しよう。許容範囲より高い位置だったり低すぎたりすると作業がやりずらくなる。
立てた魂柱をF孔から覗いて、先ほど付けた印が正しく手前真横(つまり先程の考えで行くと真東)に見えていれば合格。魂柱を定位置に取付ける方法は前の小文で述べた。

一つ恥を晒すと新しい魂柱をこのように加工して取り付けて弾いてみた。鼻に掛かった甘ったるい音が出て血の気が失せた。直ぐに又作業台に横たえて調べてみると、直立させる為に最後に魂柱の足元を叩いたのだが、そこで頭の位置が動いていないかチェックをしなかった。それが悪く、実は動いていたのだ。もう一度やり直して事なきを得て、古い魂柱に負けないくらいの鳴りになった。

ついでにもう一つ恥を晒そう。
魂柱加工は加工精度をテーマに作業した。しかし各工程で不可避なわずかな加工精度のずれが蓄積して魂柱の頭と表面板の裏側とはぴったり一致と言う訳には行かなかった。建具屋さんの若大将は”木同士は馴染むものだからしばらくすると接触面積は広がりますよ”と言ってはくれたが密かに自信を持って期待したほどの精度にならなかったのは残念。

想定からはあり得ない事だが、もし古い魂柱がない状態で、しかもプロにも相談出来なかったらどうするか。魂柱位置での楽器の内寸を測る専用道具も売っているようだが、プロと違ってしょっちゅう使うものではないから私だったらDIY店で箸ほどの細長い木製の棒と直径2センチ(魂柱の直径と同じ)の棒を買ってきて先ず細い棒を長めに二本カットして絶縁テープなどで必要長さを想像しながら結わえ付ける。正しい駒足位置は誰の目にも解るから、そこから逆算して割り出した魂柱定位置でその棒を立てて見て何度か長さをスライドさせて調節してから、それを参考に魂柱と同じ棒を実際と同じように作る。それを立てて見て良かったら最後にそれと同じものを未加工の魂柱で製作する。ちょっと廻り道だが予行演習にもなって良いだろう。

魂柱位置について、実は自分でも位置微調整を試みているが、まだノウハウを蓄積中。仮に後になって自分なりの自信が出来たとしても私はやはりプロの耳に頼る事と思う。この原稿を書いているのは新魂柱を使い始めておよそ一ヶ月経ってからだが、この間に二つの変更を行った。これも機会が来ればプロに採点して貰わねばならないが、一つは全高を0.8ミリ程度縮めた事。物差し紙は貼り付けたままにしていたので楽に望む寸法に出来た。それによって立つ位置を少しF孔寄りにした。もう一つは駒からちょっと離し気味にした事。

新作受取り後一年半、楽器はまだ音が堅いと思うのだがそれなりになって来つつあると思う。新魂柱の音は少なくとも悪い方向には振れていず、ひいき目のせいか良い音が出るような気がするので先が楽しみだ。

2004/2/18

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