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音楽そしてコントラバス・トップ>工房>コントラバス調整室>このページ コントラバスの魂柱立て (倒れた魂柱の復元)いよいよ作業はF孔の中へ入り、倒れた魂柱を元通りの位置へ立てる方法をご説明する。ここではラウンドバック、フラットバックのいずれの楽器でも通用するように述べる。 作業の留意点は二つ、 もう一つは立てる場所を”大きく”間違えなければ、良くは鳴らないとしても、楽器を決定的に痛める心配はあまりないので必要以上に怖がらないで頂きたい、と言う事。楽器は楽器であって、おもちゃでは勿論ないが、さりとて触ればタタリが下されるご神体でもない。愛情といたわりをもって適正に扱えば次に楽器店へ持ち込むまでなら十分持ちこたえてくれるはずだ。 魂柱立て作業で使う用具の説明は同じ”メンテナンス用具”を参照されたい。
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前にも述べたが魂柱が倒れる事態になる前に、又は魂柱を取り外す前に必ずしておかねばならない事がある。是非実行願いたい。それは駒が現在正しい位置にあると仮定してだが、駒足と魂柱の相対位置関係を記録して保存しておく事。それには魂柱位置測定器を使うのが簡単でよい。事前に製作される事を強くお奨めする。製作方法は”メンテナンス用具”をご覧頂きたい。勿論この道具を使わなくとも作業は出来る、と言うより世界中の誰もこんな道具を知らないし、なくて当たり前のように作業しておられる(注)。しかし素人である我々が楽に確実に作業を進める為には、これらの道具があると大変便利。一応これを使った魂柱立ての説明をするが、もし使わないなら説明の趣旨をご自分で翻訳しつつポイントを掴んで頂きたい。 では魂柱位置測定器を使って、駒足と魂柱の相対位置関係のチェックをしよう 魂柱位置測定器で表面板を上下から挟むようにF孔から差し込む この画像は一寸解りにくいが、腹内鏡をF孔から差し込んで表面板の真裏を写している。中央は腹内鏡の鏡面が写している虚像でその周囲は楽器裏板の実像。板状に延びる黒いものはF孔から差し込まれた魂柱位置測定器の下板で、その先端を魂柱にぴたりとあてがっている。この状態で魂柱位置を測定する。F孔越しにデジカメのレンズが写っているのがお解りだろうか。 測定器を使った魂柱位置の測り方。基準点を赤い点(測定器の駒足寄りでスケールの0位置)とする。そこからX、Yの距離を求める。この距離とは魂柱外縁部からのもの。 前の図で言うXの距離を調べている所。左の白いスケールは魂柱位置測定器の上板。測定器が駒と平行である事を確認しよう。でないと数値は正確なものとならない。その上で駒足との距離を測る。私の寸法はこの画像によると16ミリである。しかし魂柱の直径は2センチだが測定器のスケールは2.5センチ幅なので魂柱と駒足の実際の距離は18.5ミリである。 この画像はYを求めている所。解りにくいが、F孔の切れ込みがやっと見える位置から74ミリ先に魂柱外縁部がある事を示している。魂柱位置は楽器の個性によって違うと思うし、同じ楽器でも経年変化で変わってくると思うし、欲しい音質の傾向によっても違ってくる。魂柱位置測定器を使う際は、上板と下板がずれないでちゃんと重なっている事を使うたびに確認する。
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この方法で魂柱位置の寸法を測りメモを残した後に魂柱が倒れたとして話を次に進める。 作業台 (小文”作業に取り掛かる前に”参照)に楽器を横たえる。最初は楽器の中に転がってしまった魂柱を掴まえなければならない。楽器の姿勢をあれこれと変えてちょうどF孔の真下に転がって来させる。取り出す方法は幾つかあるが、一つは魂柱立てのしっぽをF孔から差し込んで魂柱の上から1/3あたりにあけてある縦溝にぎゅっと差し込んで釣り上げる、一つは楽器を横ざまにして出来るだけF孔に近い位置まで転がして来て大きなピンセットでつまみ出す。又は細い角棒に両面接着テープを貼り付けてそれで吊り上げるなど。要領を掴むまでちょっと悪戦苦闘するかも知れないが、それでも大した事はない、誰にでも”最初”はあるものだ。この作業で夢中になる余り楽器を他のものにぶっつけないよう作業環境に配慮されたい。 魂柱を取り出せば次の作業に入る。取り出した魂柱には魂柱立ての尻尾を差し込む為の溝が掘ってあるが、その穴から端までの距離が短い方が、つまりこの画像では右側の方が頭(上)になる。魂柱の方向と魂柱立ての挿し方を画像で確認した上で改めて魂柱に魂柱立ての尻尾をしっかり挿し込む。 次に、F孔に魂柱が触れないよう手を添えながら注意深く楽器の中に入れる。 楽器に差し込めば中空で魂柱を直立させてから手前に引く感じで自立させる。長い金属棒の先に刺した魂柱を、良く見えない楽器の中で動かすのは楽でないかも知れないが、注意を払いながら静かに作業しよう。途中で外れてしまえば最初からやり直しになってしまう。 そのまま更に引くと魂柱立てが抜ける。
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その次は、自立した魂柱が再び倒れてしまわないよう搦め手取り付け作業に入る。搦め手をF孔から差し込んで同じように奥から手前に引く感じで魂柱を掴み取る。この段階では奥から手前に向けて力を掛ける以外の触り方をすれば倒れるので注意。掴んだら駒を立てて弦を定音程に張り終えるまでは他の道具を使う場合でも掴んだままにしておく。それによって不用意に倒れる恐れが減り、魂柱立ての難しさは1/3程度になる。 ここまで来ればF孔の中の作業はとりあえず中断、次は少しだけ表面板に圧力を掛けて魂柱の自立を助けてやる。 その手順は、 2)弦が駒に乗って表面板に少し圧力が掛かればその駒を正確な位置にセットする。魂柱位置は駒位置を基準にして決めるものなのでここは正確に。駒を動かすにはスリム金槌で軽く駒足を叩くのが微妙なコントロールが利いて良い。駒の立ち方(駒背面が表面板に直角)もチェック。
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F孔の中に戻り仮立てした魂柱を定位置に導くが、それには4ステップの段階を踏む。なお、作業に夢中になってF孔回りの表面板を傷つけないように注意しよう。 1)第一のステップはおおむね正しいと思える2〜3ミリ以内の位置でおおむね直立しているような気がする、と言う程度の所へ魂柱の頭と足をざっと導いておく。勿論魂柱位置測定器を使うが、頭も足元もだいたいの所で良い。この理由は次の段階で頭の位置を折角正確に合わせても足元がかけ離れた所にあった場合バランスを失って倒れてしまう事があるから。 この作業中に魂柱の自立が不確かだと感じれば弦をもう少し強く張るか残りのG弦/E弦を軽く張る。逆にキチキチで動きにくければ楽器を傷めるので弦の張り方を弱めておく。 2)第二ステップで頭の位置を正確に合わせる。魂柱立てで引き寄せたり、スリム金槌で魂柱の上の方を軽く叩いたりして導く。先程も書いたが、駒位置が正確にセットされている事を前提とする作業なので再度駒位置チェックをした上で取り掛かろう。下の画像で直立鏡に映った虚像は魂柱立てを使って魂柱の頭を引き寄せているところ。魂柱立てを見れば解るように、左右に動かす事も奥へ押しやることも一応出来るようにはなっているが、それはスリム金槌に任せた方が良い。 スリム金槌を使う時は”金槌を振るう”イメージで使ってはいけない。槌の柄がF孔の縁を痛めないよう気を付けながら、槌の頭で魂柱を”軽く押しやる”つもりで使う。搦め手は魂柱が倒れない為に掴ませておくものでこれを使って魂柱を導くには材質が柔らかすぎて適当ではない。 3)第三ステップは決めた頭の位置で魂柱が真っ直ぐ立つように足元位置を調節する。スリム金槌で軽く叩くのが一番良いが、その時に折角決めた頭の位置が動かないように空いた手で魂柱立てを差し込んで頭に添え、力を受けながら足元を叩く。 直立の確認はフラットバック楽器なら直立鏡に任せられる。裏板に直立鏡をべた置きにして鏡の像と実物の魂柱が真っ直ぐ見えるかどうかを反対側のF孔を含めてあちこちから見て微調整する。 これまでの画像でびっくりされたかも知れないが、私は直立確認を容易にする為に魂柱にマジックでラインを引いている。そのラインは下の画像のようにサッシのレールに乗せればきれいに直線が引ける。線を引く事に抵抗があれば楽器の側板内側にある縦ラインとも見比べると良い。 ラウンドバックの楽器なら直立鏡は使えない。これには二つのF孔から楽器内の側板縦ラインとの鉛直比較を目視や腹内鏡で確認する他にエンドピンを外してエンドピン孔から覗いたり、出来るだけ色々な視点から総合的に判断する。 4)最後のステップは立てた位置でX、Y寸法の再確認。足元を動かせば頭も動いてしまうものなのでこれは欠かせない。頭をわずかに訂正すればもう一度直立しているかどうかの確認と訂正をしておく。 もう一つ留意点があった。魂柱の頭(ラウンドバックの楽器なら魂柱の足も)はその場所の表板/裏板のカーブに合わせて斜めに削ってある。その斜め具合が楽器のカーブに合っていることをチェック。一般的には仮立てした魂柱を定位置に導く際に魂柱は自然に定方向に落ち着いてくれるのだが、一応腹内鏡で頭と足を目視。概略の判断なら魂柱立ての尻尾を差し込む溝が手前を向いている事をF孔から覗き込んでチェックしても良い。 これで作業はお終い、静かに弦を張り増しして行く。
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これで魂柱を元あった場所へ立てる”物理的な作業”は終了した。魂柱位置測定器のおかげで以前立っていた通りに復元は出来ているので取りあえずはこの小文を終える。実はプロの値打ちはこれから先にある。つまり音色や音の出方と魂柱の関係のチェック。耳で音をチェックしながら魂柱位置を微調整する。私も試みているが小文に述べるには自信がないし、単なる引用はしたくない。文献を参考にしながらトライアンドリッスンで試みている、とだけ申し上げる。その資料を閲覧するにはこのHPのリンク集からプロの楽器職人のHPを訪れて頂きたい。 2004/1/18 |