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コントラバスエンドピン考 総論

文中もっともらしげな物理を振りかざすが、専門ではなく真偽の程は定かでない事をあらかじめ告白しておく。また論理の赴くところ、いささか奇異に感じる部分もあるかも知れないが、このエンドピン考では現実性より思考を優先させた。その手法はきっと現実にも好結果をもたらすと信じている。

ある変更に対してその及ぼす効果の予想を立て、その予想と異なった結果が生じれば隠れた条件を見過ごしていなかったか、次はそれを探さなければならない。ところがそこで思考を終結させ全体を否定するのはいかにも勿体無い。万一望ましい結果が出なくとも以下に書いている方向で試み続けるつもりだ。が、私が試み判断するのは自分の楽器に対してだけであり、エンドピンに対する普遍的で公正な判断ではもともと無い。あくまでも”私の場合はこう考え、このようにした”でしかなく、そのままをお奨めするものではない。従ってこれは”私的なつぶやき文”である。

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■始めに 三段論法から入る。
1) オーディオ設備と楽器とは方向が異なるものの、音を出す為の仕掛けという意味では共通点が多い。
2) オーディオはどの部品についてもほんの僅かの材質/形状/メンテナンスの違いが全て音につながり、それを人間の耳は聞き分けることが出来る。
3) 従って楽器に於いても、どの部品の材質/形状/メンテナンスも直接に音につながる。

■オーディオでの経験
かつて電線の伝送特性がオーディオの世界で話題になったことがある。雑誌のその記事に従って、試みにアンプやスピーカーを一定にしておいて、それらをつなぐコードの見直しをやってみた。スピーカーコードや果てはプレーヤーのカートリッジに付いている極細で2センチほどの線までを純銅または銀線に変えてやり、それぞれの接点全てを無水アルコールで丁寧に拭いてやる。電線の終端も磨いて十分に接点に接触させた上で上質のハンダを付ける。

その結果の意外さは驚くほどで音の粒立ち、定位が実に良くなる。この改良はコストパーフォーマンスが大変良く、アンプの取替え何十万円どころではない向上が図れた。”何もそこまで考えなくともよいだろう” と片付けてしまわない男達がその世界に居るのだ。

■ エンドピン周りの負う役割
さて、本論のバス話。乱暴な論議であるが、弦と弓はプレーヤー、楽器本体はアンプ、エンドピンはスピーカーコード、床はスピーカーと考えてみよう。実際には床はそれほどまでの役目を負ってはいないが、僅かであってもその想定は許されるだろう。
とすると問題になるのはエンドピン周りの伝送特性である。効率的な伝送をして欲しい。特性を左右する要件は二つ。構造と材質と。

■先ずエンドピン差込口の構造から
その構造を判りやすく説明すれば、通常の差込口は左の掌をじゃんけんのパーのように広げてピンを受け、右手の人差し指をそのピンに押し当てて支えている。つまり左手のパーは差込口パイプの内壁、右手の人差し指はピンを固定するためにねじ込むビスの先端を意味する。他には両手をパーの形に広げて挟み込んでいるものもある。つまりパイプ内壁の半分を可動式にしてその壁をネジによってせり出して行く構造。これらを良く考えると点或いは線でしかエンドピンを掴んでいないのだ。

エンドピンを野球のバットに例えるならそのような持ち方で振り回すことは出来ず、ヒットを打つ為には10本の指全てを使って握る必要がある。ゴルフのクラブも結局のところ同じで、手とクラブを一体化させることで好結果が期待出来る。
従来品のピンでもねじを締め込めば最後に抵抗感があるので感覚的には納得出来るのだが、この支持方式での伝送特性は確かなものと言えるだろうか。私はエンドピンを広い面積で包み確実に動かないようにしたいと考えた。

現在のねじ止め式エンドピン出し入れ構造はさまざまな体格/奏法に、僅かな手間で対応出来るよう知恵者が考え出した良い方法ではあるが、考えてみるに特定のその楽器を演奏するのは他の誰でもない所有者の奏者当人であり、その構え方が試行錯誤の末に一定に決まってしまえば、その瞬間に楽器位置調節機能という主たる存在理由を失ってしまう。
その時、改めて従来品のこの部分をみて、創案者は専ら物理的に楽器を支える事に関心を向け、音響的な観点からの配慮はなおざりになっている、と気付くのである。

エンドピンを出し入れする、その受け口である差込口のガタつきにはもう一箇所検討すべき箇所がある。楽器本体との接合部。通常はバシストが触る事のない部分。
接合方式には問題を感じないが、私の楽器に付いていた差込口は樹脂の練り物だった。これの抱える問題点は樹脂は木ほどフレキシブルでないこと。冬にしっかりねじ込めば梅雨時期に周囲の木に負担を掛ける。その為にか少し径を小さくして遊びを作ってあるのだが、これはがたつきの源であるので構造的に問題。私の差込口はそのがたつきをカバーする為にテープを二周巻いてあったが、これは”音の消しゴム”の働きをするので、二重に問題。

この意見に対する反論は、弦の強い張力によってエンドピースが引っ張られ、そのエンドピースはワイヤを引っ張り、そのワイヤは差込口を強烈に引っ張っているので楽器本体とは十分な結合が出来ている、と言うものだろう。確かにテープの存在を除外すれば音響的にその意見は当を得ている。でも理屈を考える時、極端な図式を想定して適否を判断するのは良く使われる手であるが、それに倣って見よう。ピンを差込口を取り外して直接楽器に差し込んで使っても、もしエンドピースのワイヤーが滑らなければ弦の強い張力で振動モードは楽器と一体になれるだろう。しかし常にその状態を保てば楽器の穴は奥と入り口で変形を起こす。微細に見ると強く押し付けられた僅かの部分の木部の弾力性によって振動がその分だけ吸収されている、と考えられるかも知れない。
理想は互いが隙間なくぴったり嵌合することであり、それによって圧力は満遍なく分散し、変形(長期変形及び瞬間変形)も極小になる。

■楽器の中に突き出たピン反対端の効果
この物理効果を考えると、楽器本体の振動は床を振動させる前に先ずエンドピンを振動させ、従って楽器の中にフリーな状態で突き出ている端(長いのでかなりの質量を持つ)も当然励振するがその振動エネルギーは他の楽器パーツに良い影響を与えることなく楽器の中の空気を僅かに動かす為だけに消費される。床に振動を伝える役目を負うピン先のエネルギーは、元の端で無駄に消費された分だけ減殺される。

■ ピンの材質と形状
通常は鉄パイプ。最近新素材のチタンやカーボンや混合素材などの存在を聞くようになり徐々に使用者も増えているようだ。材質による音の違いは何か。一般的には重くて柔らかい素材の出す音は柔らかくておとなしく、軽くて硬い材料は華やかで明るい音になるという。つまり重過ぎれば制振的に働き、軽過ぎれば異常共振的に働くと言うことだ。またピンのパイプ(中空)構造は重量を減らし、強度を増すという良い側面を持っているが、宿命的に固有の共振周波数がある。物体は皆固有共振周波数を持つものの、パイプはその性向が強い。構造原理は笛と同じだ。我々はバスの中に、ある周波数だけに反応する笛を持っている。

現在は材料に木が使われることは無いが、昔はどうだったのだろうか。楽器と同じ素材である木には自然に興味が湧く。一口に木といっても種類と特質はさまざま、一括りに判断は出来ない。ちょうど金属を一括りに出来ないのと同じ。

木に興味を持ってから気付くのだが、弦を緩めて緒留めワイヤーを外し、楽器本体から現行の”楽器支持システム”全体を取り出して手の平に乗せてみると、その重さに驚く。これはブレーキだ、というのが正直な感想。例えて言えばお尻に5Kgの分銅をぶら下げて100m走をするようなものかも知れない。

■ エンドピン先の役割
エンドピン先に目を向けてその役目を考えると
1)楽器が滑り出すのを防止する役目 
2)音響ブリッジの最終端として振動を床に伝える 

二つの役目を同時に満足させる一番単純な(それ故に最高の)方法はピン先を尖らせて狭雑物なしにぐさりと床に突き立てること。この方法の良さは狭雑物の余分な振動がない為にピンの振動が一点で明確にしかも十分に床に伝わる事に尽きる。

ここで考えを遊ばせてみよう。
最初に伝送特性と言った。そこで極端な例を考えて楽器をステージ床に接着剤で固定する。その伝送特性は最高だ。その音はホールに響き渡るだろうか。あくまでも思考実験だが、多分鳴らないだろう。大きな質量によって楽器の振動が押さえ込まれてしまうはずだ。楽器はフリーである必要があり、しかもその振動を無駄なく床へ伝えるという二律背反を達成するにはピンポイントでのしっかりした結合がベスト。つまり”ぐさりと床へ”である。この思考実験から副次的に導かれるのは楽器に体を密着させてはならないと言うことか。 座奏によって楽器を傾けるなら体で支えることは必要悪である。 野田一郎氏はこれを逆手に上手く利用して楽器を支える左膝をもう一つの魂柱としている。

床への突き立てが叶わない時、次善の方法は直接床に突き立てなくとも、出来るだけそれに似せた状態を作り出すこと、と考えるのは自然の成り行きである。

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バイオリンとビオラは床に振動を直接伝える手段を持たない。触れているのはむしろ振動吸収体として働く人体である。もしくは直接触れさせない為の仕掛け(これしも制振効果を持つ)。ところがチェロとバスは床を味方に付ける事が出来る。床を音響上の援軍として十分尊重して迎えたいものだ。

以上総論である為にいささか抽象的な議論になっているが、次の各論で私が考えて実行した事柄のご紹介に入る。

2002/10/13

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上述の中で、「エンドピンをぐさりと床へ」は実際に音楽ホールを使って行った私の実験へ音楽友人達に立ち会って貰い、その評価を受けて少し違ったものになった。その2009年以来現在に至るまで私は床へ直接エンドピンを降ろさず「エンドピンプレート」と名づけた自作のピン受け台を介して接地させている。これが更に他の考え方に移ってしまう可能性は薄いのではないかと今漠然と思っている。

2011・9

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