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指揮者

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室内楽では指揮者は要らない. 各パート一人ずつで構成されるこの種の音楽は,奏者の自発性が最大限に生かされる.奏者が対等に話合い,どのように演奏するかを打合せる,或いは誰かがリーダーになって引張って行く事もある.ざっくばらんな演奏では打合せなしに弾きながら相手に合わせ,また自分の思う演奏に相手を巻きこむ.時に冗談で“解釈が違えば血の雨が降るぞ”などと言いながらそのくせ楽しく弾ける.

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音量を増すため 各パート複数になり, その結果人数が少し増えれば,リーダー格の奏者がどうしても必要となり彼は演奏しながら目配せと少し大きな身振りで他の奏者を引張る.

ステージ上の配列は前項の場合と同じく,お互いが見えるよう一重の半円形になる.それも出来るだけ小さい半円形が良く同様の趣旨から譜面台は出来るだけ低くする.小さい半円に座ると聴衆にお尻を向ける事になると嫌う向きもあるし,聴衆に音が届かないと心配する人もいるが,アンサンブルの緊密性を第一に考えるべきだろう.横に広がって並んではお互いのニュアンスを伝え合う事が出来ない.お尻を向けるのが失礼なら指揮は出来ないし,楽器の音が出るのは表面板だけからではない.

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更にその後ろに奏者が並ぶほど 合奏する人数が増えると,もう目配せが効かなくなる.そこで曲の進行を専門につかさどる者が登場する.奏者は曲の解釈をも委ねたほうが効率的.さもないと収拾がつかなくなる.取っ組み合いの喧嘩も始るかもしれない.

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そのようにして選ばれた指揮者は 演奏上の強い権限を持つ.権力と引換えに指揮者には実に色々な事が要求される. 私が学生時代指揮者になり立ての時読んだ指揮法の本に,指揮者に求められる条件が書いてあった.それを読んで私は逃出したくなった.筆者は哲学/美術を始めありとあらゆる知識を,音楽知識に加えて要求していた.

結局指揮者になる目的で哲学/美術は習得しなかったが,楽典/作曲法は必要に迫られて勉強した.作曲法は作曲を目的にしたわけではなく,曲の構造/和声の組立ての勉強に大層役立ってくれた.ここで得た知識は合奏練習の合間を見計って折々奏者に公開したが,皆は興味を持って聴いてくれた.人に教えるのは二度学ぶ事,自分自身のためにも良かった.

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最低限 指揮者に求められる基本才能は 上記の本を横において考えれば,曲を感じる心つまり音楽に対する感性と,そして人の心の動きが感じ取れる事.また求められる基本技能は当然バトンテクニック,中でもアウフタクトの示し方.

アウフタクトを解りやすく良いタイミングで入れてやると,そのあとは指揮棒を振らなくとも奏者は楽に弾いて行ける.それから先指揮者の両手が所在無ければタイミング通りに拍子を振っても良いが,それよりもその手を曲の表情付けとパートの入りの指示に主として使うよう心掛けたほうが賢明だろう.

途中から合奏に入るのはちょっとした勇気が要る.そんな時指揮者にうながされると,慌てることなくタイミングよく入る事が出来る.奏者が安心して自信を持って弾けるように配慮する事も指揮の内だ.

曲のもつ雰囲気を予拍の中で示す事と, 選んだ拍子を狙った通りの速さでアウフタクトを振り上げる事は重要なポイントだ.あやふやなままで振り始めると演奏は必ず乱れてしまう.ゆっくりとした曲が 細かい音符で始まる時のアウフタクトは,予拍の中に軽く小さく更に予拍を入れないとテンポが奏者に伝わらない.

雰囲気をアウフタクトに盛り込む事は勿論だが,実は指揮棒を構える時の顔付き/態度でもそれを示す事が出来る.奏者はそんな時,指揮者の態度を見逃さない.これから始まる曲のイメージと指揮者の態度が一致していると,奏者は安心して弾きはじめる事が出来る.

今 私の思う基本才能/技能を三つ掲げたが, それさえやっぱり簡単な事ではない.批評だけなら誰でも出来る事なのだ.指揮は言うまでもなく大変な任務.

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私は卒業して十余年後にも 少しの間指揮を担当したが,それを限りに止めている.消極的理由はあの魅力的な役回りの指揮よりもコンバスで音を出したほうが更に楽しいと確認できた事.積極的理由は,学生時代100人から居た奏者の一部の間違い音がよく聞えていたのにそれが聞こえず,何だか奏者の出す音で踊っているだけのような気がしてきた事.耳が遠くなった訳ではないのだが….

2000/10/22


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