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ときどき雑記2009年c

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■後ろめたい対消費者戦略・・・2009・9・29
昔々ある有名なうま味調味料の食品会社が自社製品の消費を促進させる方法を社員に募ったところ、調味料の瓶の口に取り付けた小穴の寸法を倍に広げて消費者が思った量以上に振り掛けさせると言うアイデアを出して社長賞を受けたんだそうです。随分昔の記憶なので間違いかどうかをネットで確かめましたが、同じような記事があったので間違いではないでしょう。

最近の事ですが、たまたまその会社のマヨネーズを買いました。これを他のメーカーと同じように押し出すと出て来る量がやっぱり倍から3倍くらいなのです。その会社の基本アイデアは脈々と受け継がれているのだと感心しました。

それは社内に目を向けてはいるけれども消費者の利益になるものではありませんね、使うたびに<あ、しまった>と思います。姑息な手段は大会社に相応しくありませんよ。

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■相性・・・2009・9・28
練習していてふと気付きました、私はベートーベンと相性が悪いのだと。
練習していてすぐに疲れるのです.20分も集中出来ません。

テンポが早くてポジション移動も激しいと言う難しさもさる事ながら、それを超えてベートーベンと一体になれないと言うか心酔出来ないのです。

高校時代にこの曲を聴いてうるうると涙した事はあるし、昨年はアルバン・ベルクSQの実演によるベートーベン弦楽四重奏曲を聴いても涙は流れたのですが、実際に演奏する側になると何か違うのです。

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■夫婦別姓、子の苗字は個別に選択・・・2009・9・27
民主党政権のもと、夫婦別姓が法制化に向けて動き出すと言います。

新聞によれば生まれて来る子供の姓は子供ごとに決める、と言うのが民主党案なのだそうですが、それ本当ですか?

どんな決定でも探せばメリットとデメリットがあるもので、メリットが大きいと判断すればその裏にあるデメリットを耐え忍ぶという事が付随して来ます。で、夫婦別姓のメリットは何ですか、デメリットとは何でしょう。

夫婦別姓とは政治家がその時にたまたま得ている政治勢力に基づいて一気に決める種類の、言はば軽くてしかも後で変更出来るものではなく、国民の間で長い時間を掛けて色々な場で討議し、その趨勢によって決める、政治はその趨勢を<追認>する種類の決め事だと思います。何故ならその決定が社会に落とす影響は、それを決めた政治勢力の消長などとは比べ物にならないほど長期間に亘り、しかも社会生活の基礎である家庭生活のあり方に直接影響を及ぼしますから、それが社会のあらゆる側面へじわじわと大きな影響を及ぼす事が容易に想像出来るからです。

民主的な意思決定方法は<多数決>ではありますが、それを安直にここへ持ち込むのは如何なものでしょうか。国民の2/3以上が賛成するなら兎も角も、半分に近い反対者がいるとするならば決定すべきではないと思います。

いや、もっとその前に議論が足りませんてば。

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■山手線電車の色・・・2009・9・24
調べてみると山手線に全身ウグイス色カナリヤ色の電車が登場したのは1963年だそうです。私が大学に入学した年です。初めて目にした時、その余りに都会的に洗練された電車に圧倒されました。私の故郷ではこげ茶色の電車ばかりでした。それも阪急電車のようにスマートなものでなくどちらかと言えば汚い色でした。

当時圧倒されたその面影は今僅かに車体のベルトの色にしか残っていないようです。そして逆に今どこの田舎にもそれなりに洗練された電車が走っています。

でもたまに上京してみるとその僅かに残ったベルトの色から当時の感動が蘇ります。その上その感動は色褪せないまま私の心に定着しています。たまにしか上京しないからでしょうか。

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■お葬式・・・2009・9・22
仲の良かった先輩を喪いました。4歳年上ですが社会人になってから迎えた二度目の青春を共にした人でした。癌です。罹病を知ったからか2年前にご夫婦で九州まで遊びに来られました。

まあ、今から40年近く前の奉職中は北の曽根崎町新地のサンボアバーで良く一緒に飲んだものです。同じ課ではあっても営業の担当先は違い、その上に身分が一つ上の上司なのに気が合ったのでしょう、そのうちにとうとう上司と言うよりは友人でした。

最初の青春を共にした学生時代に一番親しかった友人を私は若くして喪いました。この20日には社会に出てから味わった青春の生き証人を喪いました。お葬式の遺影は彼らしいものでした。

そのまた次に来てしまった三番目の青春の生き証人達よりは先に逝きたいものです。なにせ歳が違いますから。

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■分厚い総譜・・・2009・9・19
ベートーベンの第九交響曲のスコアを図書館から借り出しました。パート数の多いオーケストラ曲で演奏が1時間を超えますから、立派な装丁のスコアは276ページで表紙を含めないページの厚さはほとんど3センチあります。実際に手に取ったスコアでは一番分厚いものです。

分厚いと言えば例えばワーグナーのマイスタージンガーなら演奏時間がこれの4倍半、ずっしりと手に重いスコアなのでしょうね。

小説で言えばパール・バックの大地とか山岡荘八の徳川家康みたいなものでしょうか、忍耐と二人連れでないと踏破出来ない大きな山みたいです。

今回の実際のお話はずっとスケールダウンしていて、第九の4楽章からの抜粋を演奏、例によって自分で写譜して作ったバスパート譜は7ページ分でしかありません。とは言え、下手な私に取っては終わりに近付くに従って喘ぎながらの演奏、ステージで楽器を抱えたまま昏倒絶命するのではないかと心配です。

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■増員・・・2009・9・18
今参加している室内オーケストラでコントラバスが3本になりました、もうこれは別天地。演奏が楽になりました。更にもう一本増えると言う話ですが、室内オケのこの団体にバス4本とはどんな効果が期待出来るのでしょうか。私には未体験の事なのでよく解りません。そう言えば私のこれまででバス3本超の音楽団体に参加した事がありませんでした。

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■燃料消費率・・・2009・9・14
車のタイヤローテーションをしました。その時に車屋さんはついでに減っていた空気を入れてくれました。目で見て直ぐに解るほどは減ってはいなかったのですが、それでも1kg減っていたそうです。

タイヤ空気圧の1kg減がどれ位のダメージだったかは解りませんが、燃料消費率がそれ以来びっくりするほど向上しました。オケ練習の為に時々160kmの走行をするのですが、こんな時それまで私の車で燃料消費率はリッターあたり16kmでした。若い頃と違って近年はスポーツ的運転でなくおとなしく経済運転を心掛けているのですが、同じような経済運転をしてもそれ以後は22km程度まで伸びます。かなりびっくりする程の違いです。

車屋さんの話では、理想的には3ヶ月に一度空気圧の点検、普通は半年に1回の割合で点検すれば良いですね、との事です。

こんなに違うならば年金生活者としては空気圧に十分留意したくなりました。

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■頭の切り替え・・・2009・9・11
我が家の客間にある応接セットは、そのセットを買った20年以上前の当時から長椅子の一つをテラス戸に背を向けて置いていました。セット全体はL字型配置です。それが室内の動線から見れば都合が良かったのですが、このたびセット全体を90度回転させて長椅子から庭が見える位置に移動しました。

それは庭を見るためではなくて、楽器練習のスペースや、2台のコントラバス置き場や、それに大きくかさばる分厚いコントラバスソフトケースなどなどが都合良く収まる事を考えた苦肉の策でした。早い話がもう客間ではなくて楽器練習室です。

動線は回りくどくなって大回りしなければコントラバスに行き着けませんが、室内に入ってしまえばそんなに悪くありません。

これって何にでも通用しそうです。何かを決めた時は勿論それが一番都合が良いと思われる理由があったからに違いはないのですが、四囲の状況が少しずつ変化し続ければやがてそれがベストソリューションではなくなって行くのですね。でも我が子の成長に親が気付かないのと同じで、毎日慣れ親しめば他の手立てがあるなんて想像もしなくなるようです。

その一方で時々模様替えを楽しむ人もいるようですが、きっと頭が柔らかい人なんでしょうね。

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■悪い事は良い事の種・・・2009・9・2
保育のあり方に疑問を感じて孫は別の保育所に変わりましたが、そこの保育終了時間前に今日お邪魔して見ました。建物に入る前から子供達の賑やかな声と物音があちこちから耳に届いて来て、先ずこれでほっとしました。保育士にご挨拶をして園舎の中を自由に見せて貰いましたが、園舎と広い遊び場のあちこちで三々五々群れて遊んでいます。保育室同士に画然とした区切りはないようでしかも遊びでは皆が入り混じるので結構縦社会、小さい子を大きな子が自発的にリードしています。多くの園児は私を警戒する事もなく色々話しかけたり膝の上に乗って来ます。雰囲気とすれば私達の小さい頃地区の広場に近所の子供達が集まって来て遊んだ、そこへ世話好きのじいちゃんが来た、ちょうどそんな感じです。

幼稚園児に必要なのはお行儀ではなくて体と精神を屈託もなくノビノビさせることと自然に身に付く自分の意の通りには動かない<他人>との交わり方の訓練。だからこの園の方針には十分納得出来ます。

前の保育園にあった園児の合言葉<お口にチャック、手はお膝>は少なくとも子供達の為を思っての躾けではありませんでした。テレビもないようなので、皆を丸く集めてテレビ番組を見せるなんて事も起こり得ないでしょう。時間を定めて一斉にトイレタイムと言う事もないようですし、ここで園児を折檻するなどは想像出来ません。

通園二日目なのに孫は帰ろうと何度言っても聞きません。庭の山に登ったり園で飼っているヤギに触ったり。

私の信条は<悪い事は良い事の種>なのですが、今回の保育園騒動は見事にその信条が正しい事を証明してくれました。ちなみにその続きは<良い事は当然最初から良い事だ>です。

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■国政への決断・・・2009・8・31
今回の衆院選は民主党が私の予想を超えた圧勝に終わりました。国民は変化を希望したのです。

私の持論は<マスとしての一般民衆は常に正しい方向を示す>です。そしてそれは国政選挙で毎回発揮されると思っています。

政治の場だけでなくどんな場面でのどんな決断・選択にせよ、メリットとデメリットが輻輳するのが決断の悩ましいところです。しかし国民は今回これまでの<これまでそうして来たんだから仕方ない>の諦めをやめ、思い切って変革に賭けて見るという選択をしました。

それが確定したからには、政権を担う民主党には大多数の国民が期待した通りに思い切って存分に腕を振るって頂きましょう。国民がお任せした以上立派にやり遂げて頂きたいものです。

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■ある決断・・・2009・8・27
その保育園は父兄の保育参観は禁止されていました。孫は朝保育園に行きたくないと良く泣き叫んでいました。帰りの際も先生に向かって<先生さようなら>と言わせる慣わしなのですが、下を向いて挨拶しない事が多かったのです。園からの帰宅は息子の家でなく直接私の家に来るのが週に3日ですが、帰ってきてもしばらくは家内に抱きついたまましんねりとしていて、元気になって声も大きくなるのには時間が掛かっていました。週3日は午後早めに切り上げさせて我が家へ連れてくるには何かから受けているダメージらしいものを癒してやりたいと言う居ても立ってもいられない気持ちからでした。ちょっと前に我が家で排泄の失敗をした時に直ぐに言わず、そのままじっと隠れていた事が何度か続いてあったので、それも気になっていました。

保育時間中に何が起きているのかを保育士以外は知る方法がありません。

気になるので嫁に<ちょっと注意していて>と伝えたその翌日、保育士から襟元をぐっと締められたり叩かれたりしていた事を嫁は孫から聞き出しました。その園の方針は遊びなどの行事進行計画は時間通りにさっさとこなす事だとは感じてきていましたが、そこまでとは・・・。 

嫁はすぐ直接に園に抗議して園を変わる決意をし、私達夫婦も孫の状態を知っていたので嫁の抗議に100%同調しました。

以前にご紹介した我が家の木製脚立を叩いて長い時間飽きずに練習していた太鼓も、叩き始めて直ぐに<うるちゃい>と言って止めて以来やりませんし、好きな絵を描き始めても直ぐに<時間です、時間です>とクレパスを片付けるのです。

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■お鶴・市太郎、傘鉾祭り、そして・・・2009・8・22
恩讐の彼方にという菊池寛の小説の舞台ともなった山国川は流域の標高差が激しくて暴れ川です。急流の続く山間部からその川が解き放たれて沖代(おきだい)平野に差し掛かる、ちょうど扇の要(かなめ)に当たる三口(みくち)で行われた治水工事は難航していました.860年前の事です。その川を鎮める為にお鶴と市太郎母子は人柱に立ったのです。

中津沖代平野の人達はそれを忘れずに感謝を捧げて霊を弔い、併せて今年も五穀豊穣でありますようにと毎年傘鉾祭りが行われ、地域別に装いを凝らした花傘が列をなして中津平野を巡幸します。城下町によくある豪華な祇園車とは異なって昔の質素な農民の生活観そのままの花傘です。

30年弱振りに今年は私も行列に参加しました。軽自動車がやっと通れるような狭い路地を仕付け糸のようにくねくねと巡りながら花傘を担ぎましたが、特に印象に残った事があります。

巡幸の道すがらでは地域の人たちが門口に立って見送ってくれますが、あるおうちの老婦人がうちわを使っていました。それが自分をあおぐのではなく通りに向かってあおいでいるのです。汗をかきながら通る私達に届く風ではありませんが、その気持ちは昔の日本人が持っていた他人に対するごく自然な配慮そのままでした。日本人が失いつつある日本人らしさです。このような日本人が時代とともにいなくなって行くその先にはどんな事が待ち受けているのでしょうか。

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■第3号ピンプレートUP・・・2009・8・20
第3号ピンプレートの小文をUPしました。 第2号の完成から1ヶ月も経たないのに、行動に腰が軽いと言うか2号を作るときに深く考察しなかった慌て者というか・・・。

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■第3号ピンプレート完成・・・2009・8・16
8月6日に第3号ピンプレートを着想したと言いましたが、そのアイデアの下に早速作ってしまいました。今回のポイントはたった一つ、上下2枚のプレートをもっと振動しやすいように作る、という事です。厚みは上が5ミリ、下の板が6ミリ。前作は上下共に7ミリでした。(6日の雑記に書いた2号の厚みは間違っていました)上下とも楽器振動に合わせてしっかり振動するように、前方半分は上下ともフリーに振動出来るように互いを接着しませんでした。

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■墓掃除・・・2009・8・15
山口県に墓掃除に行って来ました。 下の息子と3人で、私方と家内方との2箇所掛け持ち。 小さい頃はいざ知らず、若い頃には墓なんて、と思っていました。

でもやって見ればすがすがしく良い気分です。 私達はどちらの墓にも入らず、もし作るなら新しい墓ですが それは置いておいて直系家族が一箇所に集まって眠るというのは ほほえましいですね。

どちらの墓も古くはないので眠る家族も多くはありませんが、 それだけに一層そんな思いがします。

私方は両親が最初の子(つまり長兄)を幼児の時に喪っているので その3人が一緒に眠っている姿を想像すると楽しくもあるかな、と 想像します。

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■エンドピン止め用の紐・・・2009・8・13
作ったのはもう9ヶ月も前ですが、9ヶ月間使って自信が持てたアイテム。これまでも幾つかの小文の中の画像でこの紐は閲覧者の眼に触れてはいますが、改めてご紹介するものです。

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■新しい構え方・・・2009・8・8
第2号座面枠を使った構え、というよりやって見たかった構えを実現する為に第2号座面枠をつくったのですが、その第2号座面枠を使った構え方をアップロードしました。けれど文章は緒に着いただけで画像先行の小文です。

最近は未完成のコンテンツを先行的に小出しご紹介するパターンが増えました。

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■第3号エンドピンプレート?・・・2009・8・6
第2号エンドピンプレートを作り終えて半月が経過したばかりですが、そのバリエーションとして次の第3号をイメージしています。それは振動共鳴体としての2枚のマホガニ板の厚みを少し変えてそれぞれの共振点を変えてみる事が一つ、それと今の板厚6ミリをもう少し薄くしてみる事。例えば5ミリと4.5ミリあたりではどうなるだろうかと思います。三つ目の改善点は強度を考えて上下2枚の板を接着する離れ小島的な補強ポイントを付けましたがこれの欠点である共振周波数が高くなってしまっているのを改善するには撤去するしかないような気がします。その代わりの補強方法としては竹筋(接着した板に竹ヒゴを貫通させる)を多用をすることだろうかと考えています。

トップページでは、やってみたい事や既に試みている事を上梓予定として色々書いていますが、エンドピンプレートについてのアイデア実行は私の頭の中で優先順位が高いです。つまり他のものを抑えて先に工作すると思われます。

コントラバスとは私にとって、本気になればなるほど演奏の腕が上がらずに日曜大工の腕が上がるという不思議な楽器です。

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■第2号座面枠・・・2009・8・2
演奏姿勢は又微妙に変わりました。それは右膝も左膝もその内側で楽器に触ると言う点。つまり両膝で楽器を挟むと言うか、もっと軽い意味ですが、触れます。それ以外はほとんどチェロの構えではないかと思います(チェロを知らないのでかなり無責任な放言です)この構え方はビブラートする時に必要以上に楽器が揺れない為に考えた姿勢です。

もう一つの変化はエンドピンが以前より中に寄って椅子中心の延長線より2センチ位左に外れている程度です.2002年頃は楽器のセンターと体の中心を出来るだけ一致させる事を念頭に置いていました。現在のエンドピンはその時よりもセンター寄りなのですが、でも楽器と体の中心を一致させると言う気持ちは今回持っていません。単に両膝で楽器を挟みやすいと言う観点から選んだ位置関係です。

これだけ体と楽器が重なると楽器右肩に右腕が触れて弓を使いづらくなってしまいますからそれを防ぐために従来より楽器を右に向かせます。こんな楽器の右向き姿勢を維持する為に座面枠を作り変えて第2号座面枠としました。

一体どこまで行けば構え方の終着点に到達するのでしょうか。

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■会社PCシステムの見直し・・・2009・8・1
会社の経理PCのパンクから始まったアブナイSEの仕事は、これまでPC作業も何とかこなしていた事務員さんの転居退職に伴って経理PCのメンテナンスもほとんど私の仕事になり、LANでつないでいる私の机のPCのHDDの交換や、社内PC資産のバックアップ体制の見直しにまで発展しました。

経理PCのパンクが発端になって図らずもPCバックアップ体制が十分でなかった事が解って、バックアップソフト選び直し作業はおよそ10日にわたりました。その結果バックアップは3種類のソフトを使って4通りのバックアップ方式を組んで万全を期する事にしました。バックアップ先も別々の所にあるHDD3種類に増やしました。

加えて息子から会社HPの手入れも申し付けられたので忙しい思いをしています。経理PC関係の集中メンテナンスは事務員さんが出社する前の朝6時ころからしていますので、夕食後はもうウトウトしてしまいます。でもそれも一段落。次の一週間の仕事は組み上げた通りにシステムが動くのかの検証です。

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■文字の順番出鱈目、でも読めてしまう・・・2009・7・29
平仮名 だけで 文章 を 作ります 言葉は このように 区切って 書くこと、
単語の 最初と 最後の 文字は そのままにして 入れ替え しないこと

上の文章を平仮名に直します

ひらがな だけで ぶんしょう を つくります ことばは このように くぎって かくこと
たんごの さいしょと さいごの もじは そのまま にして いれかえ しないこと

この文字の順番を 出鱈目にしてみます。

ひがらな だけで ぶしんょう を つまくりす こばとは こうのよに くっぎて かこくと
たごんの さしょいと さごいの もじは そまのま にして いかれえ しいこなと

何とか読めませんでしたか?

これはケンブリッジ大学の研究の結果だそうで、単語認識するには最初の文字と最後の文字が 大きな役割りを果たしていると言う事です。それを検証する遊びで文字変換ジェネレータを 作ってアップロードした人がいます。

文章を自動的に変換してくれるので楽ですが、自分で文字を前後させようとすると結構大変です。 なお、この情報は<たらふく山荘>さんと言う人から得ました。

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■小銭の直径と存在感・・・2009・7・28
10日ほど前に出来たばかりの第2号エンドピンプレートですが、耐久性能向上の為早々に小改良して文章と画像を文末に追加アップロードしました。
エンドピン先がピンプレートに当たるポイントの補強に昔息子が使わずに持って帰ったコインを利用しました。使ったのは直径22ミリのものですが、他に日本の硬貨より小さくてシャツのボタンみたいな硬貨もありました。直径を計ってみましょう.30枚くらいある中での最小は16ミリ。日本の貨幣に慣れた目から見れば貨幣とも思えません。

ふと、では日本の貨幣の直径はと出来心で測って見ました。

1円が20ミリ、5円が22ミリ、10円が23.5ミリ、50円が21ミリ、100円が22.5ミリ、500円が26.5ミリでした。 何と10円硬貨の存在感はその価値十倍の100円硬貨を凌駕しています。 500円はその立場に相応しい突出した存在感ですが、同時に小銭入れの中にあっては無駄な大きさでもありますね.100円玉と色が一緒ですから大きさではっきり差を付ける必要があったのでしょう。

思い出せば、終戦後やがての頃、記憶では<銭>という単位がまだ町で使えていました。そして1円銀貨は別格的に大きくて重かったように覚えています。銭の単位で生活していた昭和初期の1円玉に付与した価値観は今の500円をはるかに越えていたのでしょうね.1円銀貨のその威厳は貨幣価値が時代とともに移ろう直前に私の目に焼き付かせて残した<価値感>の存在証明だったと思います。

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■中津祇園・・・2009・7・26
600年近くになる歴史を持つと言う中津祇園は近年次第に賑やかさを取り戻していますが、今年は全日程雨ばかり。雨の降る中で遠く花火の音もしていましたが三日間を通して人出は少なかったと思います。

祇園車のお囃子は屋根の上で人の目の届かない中でチキリンコンコンと鐘太鼓を打ちます。不覚にも私はずーっとそれを知らなかったのでどこから音が聞こえてくるのか不思議でした。

お囃子は単調なので、どこの祇園車も皆同じようなものですが、それでも気勢のあがらないリズム、浮きうきする打ち方があるようです。

昔からそのコツは言い伝えられています。

チンすればドンする。
今日はちょっと程度の低い落ちでした。

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■私の日食・・・2009・7・22
今日は太陽を背に、北方向の小倉へ向けて走行しました。会社PCのHDDの買い足しとメンテナンスが終わった1/2サイズバスの引き取りの為。

日食の時間も知らないし特に車を止めて見る事もしなくて、でも曇った空全体の中でも前方の北の空の雰囲気は気にしながらの走行でした。私の感覚での日食は10時50分から11時25分までで、わずかな雲の隙間から見える高層雲がグレーなのと車窓の景色がどよんと沈んでいると言う印象から今は日食の最中なのかなと思ったのです。

この感覚は面白かったので後で調べてみると福岡では9時40分から12時20分くらいまで、食の最大は10時56分という発表で、およそ9割が隠れたそうです.9割とは結構すごい食ですね。

まぁ当たらずと言えども遠からず、前後1時間ずつは私の感覚が鈍くて察知出来なかったようですが、実際は最大食の時間帯から私の感覚の日食が始まったとは認識が少し遅い。

次の日食は24年先、ふーむ。

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■ツールバー更新したくありません・・・2009・7・19
ブラウザのツールバーには代表的なものを二つ同時にインストールして使っています。最新のツールバーは私にとって不要なものばかりが付加されているのでずーっと前のツールバーの方が快適で、それには昔ダウンロードしたインストール前のファイルをそのままPC内に確保しています。

それは良いとして問題はブラウザを開くとしつこく最新版に更新せよと迫ってくる事です。この更新への警告(この頻度からしてもうお誘いではなくて脅迫に近い)をどうして阻むか、それが解りません。たまに間違って更新してしまうことがありますが、その結果目障りなポップアップが私の視界を遮ることになるのです。

どうか、どなたかこの輪廻を断ち切る方法をお授け下さい。

実を言うとこのコーナーで4年前にもこのツールバーにはお節介ボタンが多過ぎると不平を言っています。それには表示ボタンが選べるので実害はないのですが、警告の方は困っています。

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■第2号ピンプレート・・・2009・7・17
今日第2号エンドピンプレートの画像をUPしました。いつもの小文発表の仕方とは違って今のところは画像だけです。

プレートを2枚使ったと言うのは最初に発表したピンプレートと同じなのですが、でも下のプレートの負う役目は違っています。

作り方は新しい方がはるかに簡単ですがそれは副次的な効果でしかなく、あくまでも音の追求がアイデアの出発点です。

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■大刀コチに・・・2009・7・16
2歳半になった孫とはおおむね1週間に2度のペースで一緒に風呂に入りますが、1歳になる前くらいからはいつも上がる前に歌を歌って十数えるのが習慣になっています。歌とは<箱根八里>。この事は2007年10月10日のときどき雑記でも述べています。

最近ではこの歌を覚えて私と一緒に歌えます。ちょっとあやふやなところは私の口元を見て思い出しながら付いて来て、でも最後まで歌い通せます。

この子の父親、つまり私の息子も同じように風呂で一緒に歌って来ましたが、彼いわく<この歌、どうしても覚えることが出来なかった>

でも孫はもう覚えて父親を超える存在になりました。多分般若心経などのお経を覚えるのと一緒で、長い歌ですが調子で覚えたのでしょう。

箱根の山は天下の嶮 函谷關も物ならず 萬丈の山、千仞の谷
・・・
大刀コチに アーチだがーけ
八里の岩根 ふーみならーチュ
かーくこーチョー あーりチか
おーじーの もーののふぅ

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■悪戦苦闘・・・2009・7・15
今新しいPCのセットアップに苦労しています。会社の経理PCが動かなくなったのはハードディスクが劣化したせいだと思ってハードディスクを新品に替えました。でも駄目。どうやらマザーボードの問題のようです。それなら7年前のものなのでパソコン全体を新しくするのが早いと思って新品を購入、手元に届くのに問題発生以来4日も費やしました。

とは言っても買ったのは早い話がパソコンケースとマザーボードとOSなしのハードディスクが一個です、何と軽いこと。出来るだけ早く手にいれてしかも安く上げる為にネットでなくパソコンショップでこのような買い方をしました。どうしても必要なものだけに絞って購入したので支払い総金額は3万円がちょっと出ただけ。

フロッピーディスクドライブやCDドライブや各種PCIカードは古い経理パソコンから取り外したものをそのまま流用します。けど自分自身のPC再インストールとは勝手が違うので時間が掛かります。早い話が自分のPCにはないIDE接続のハードディスクの為にPCIカードを使って認識させるのに半日以上掛かってしまっています。どうしても認識しないのでよくよく調べたらドライバインストールの前に接続してはいけなかったようです。

完全に経理に渡せるにはもう2日くらい掛かりそうです。

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■今日もMXB・・・2009・7・12
9日にご紹介した鳥は今日も来て鳴きました。デジカメを持って庭に出て5mくらいのところからフラッシュをたいても逃げません。とうとう後ろやら前やらから40枚くらい記念撮影をさせてくれました。最初はうるさいくらいに<えむえっくすびー>と鳴いていましたが、正面から撮影する頃になってからは写真写りを気にしてか緊張して黙ってしまいました。それでも逃げなかったのはコールサインMXBの私に気を許していたからでしょうか。

鳥の大きさは長さでスズメの倍寸より少し小さ目くらいだったと思います。体が大きいせいでしょうか声は良く響きます。
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■MXB・・・2009・7・9
我が家へは色々な鳥が遊びに来ますが、家内が<MXB>って鳴いている鳥がいると言います。確かにそのつもりで聞くと<えむえっくすびー>と喋っているようです。

MXBとは私のアマチュア無線のコールサインでした。FコールなのでプリフィックスがJA→JH→JR→JEと進んだその次に古い範疇のコールサインですが、JARLから貰ったこのコールサインは好きでした。(無線に無縁の人にはちんぷんかんぷん?)

そのように鳴いていると思えば見知らぬその鳥が可愛くなります。この鳥のように、その昔えむえっくすびーを電波に乗せてふりまいていましたっけ。もっともフォネティックコードを使って<Mike-Xray-Boston>とも 言っていましたが。

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■言い訳・・・2009・7・8
いけない、いけない、いけない、いけない。

山ほどあった言い訳。

目の前にぶら下っていたちょっとしたステージのアレンジと練習、
10日ほど毎日職人さんが来て仕事しているので練習して音を出すのが憚られる、
工事が終わったので部屋へ荷物の運び込み、
秋のコンサートの為の全曲を写譜ソフトへ打ち込みとミスの訂正・プリントアウトに一週間、
孫の面倒見、
病院行き、
家内のお買い物のアッシー君、
楽器のメンテナンスの為に楽器運搬、
会社パソコンの内臓HDD買い足しに伴うメンテナンスとバックアップシステムの改良、

以上全部本来自分の為にしなければならない練習をしないことへの言い訳です。

いけない、いけない、いけない、いけない。

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■おあいこ・・・2009・7・7
虫が繁殖してニレの木の葉っぱを食べ尽くす勢いでしたが、今日クレーンを使って高いところも全部消毒して貰い、雨がしとしと降り続けるような虫の音(食べる音?フンが落下する音?)は止みました。虫が付く前は木を見上げると枝が何重にも覆いかぶさって幹の周囲が薄暗かったのですが、今ではレースのカーテンのように仕上がって適度な明るさと風通しになっています、虫の散髪屋さんありがとう。この雰囲気、悪いものではありません。

しかし目を落とせば庭は大阪夏の陣のように何万の死骸が累々と・・・。それはオーバーですが、よく見れば意外にとても小さくてか細いイモムシ。これなら放置するに限ります。

私の頭の中にあるのは単純きわまる食物連鎖。これまではニレの木がイモムシの食物でした。でもこれからは虫の死骸が分解されてニレの木の養分になります。互いにあいこでしょ。

両者の間にあって漁夫の利を得たのは私。
枝すかしをしなくて済んだ上に肥料をやる手間も省けました。

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■年間回数・・・2009・7・6
年間ステージ数の少ない私にとって今年2回目のステージと言うか人前演奏が昨日ありました。観客は100人強。演奏した3曲は全部ピチカートだったので立奏しました。リズム強調型の曲のベースも楽しいです、ノレるアレンジならば・・・。ノレないベースラインだったら自分がノレるように変えるだけですからやっぱりいつも楽しいです。指揮者のテンポ設定がいつも感心するくらい良いのでなおさら。

今回の合奏練習参加は2回だけでしたが、人前で演奏出来るならどんなチャンスも有意義で得るものがあります。(と言いながら今年は参加出来るチャンスを一度パスしましたが)

近年の年間ステージ数は2〜3回。もう少し増やせるものなら増やしたいとは思うのですが、二つの団に属してどちらの予定もこなせるならば・・・。それが出来るか?うーん、今のところは・・・無理か。腕を上げる究極の練習は人前で演奏する事なんですけどね。

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■虫・・・2009・7・5
最近ニレの木に虫が付いて葉っぱを食べているな、とは気付いていました。曇りの日にはしとしと音がするので雨が降っているのかなと思っていました。でもそれは大量の虫が葉っぱを食べている音だったのです。ちょっと離れて道路からニレの木を見上げると高いところもたくさん食べられて風通しが良くなっています。

こりゃたまらん、もう私の手に負えるものではありません。植木屋さんに電話して消毒をお願いしました。

教訓;初期に手を打つべし。多寡をくくるとひどい仕打ちを受けることになる。

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■バックアップ体制変更・・・2009・7・4
今、我が社お抱えのパソコン技師として会社のパソコン構成を少し変更したところです。 それに伴ってPC資産のバックアップ体制を変更しました。

ちょっとばかり複雑だった前回の体制を見直し、うんと簡単に(つまりそれだけ確実に)しました。それまで使っていた人気があるフリーのバックアップソフトをアンインストールし、千円弱の新たな投資が必要なのに人気がないソフトに変更しました。

それを含めて無料のものと何千円かのソフトの3種類をバックアップ形態によって使い分けます。

その形態別とはOSとアプリの基本部分をバックアップするためのもの、会社の活動と共に作り出されるファイルを常時リアルタイムにバックアップするためのもの、世代管理の為のものの三つです。

たかが三台のPCが生み出すファイルを交通整理し、バックアップさせるというだけでもノウハウを蓄積してゆかねば良い体制が出来ない、だからパソコンは面倒くさいし難しい。

それだけに面白いです。

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■もう一つのアイテム・・・2009・7・3
昨日はチェロの楽器振動を補強する為のアイデアが私のものと似ているアイテムのご紹介をしましたが、実はもう一つ発想原点は同じようなものですが販売されているものがあります。それは私のアイデアとは随分掛け離れていますが、チェロの楽器姿勢を容易に膝でコントロール出来るために楽器裏板に取り付ける木製品で、価格は見た目の想像を超えてかなり高価なものです。

私のアイデアは、何せ図体が大き過ぎて膝では抱え込めないコントラバスですからちゃんと固定は出来ないものの実用に堪えるほどには楽器を膝で確保するアイテムです。材料の新品購入価格は1000円余りですが、それのほんの僅かしか使いません。使う量から見れば何十円程度、製作は小学生でも間違いなく作れるほど簡単で木工作ではありません。言ってみればコロンブスの卵ほどの<なーんだ>的アイテムですが、それなりに使えます。

これは私の現在の構え方の小文をUPする時に一緒にご説明する予定です。

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■同類項・・・2009・7・2
昨日行った楽器店で耳寄りな情報を得ました。それは昨年末に作ったピンプレートと同じ考え方で楽器振動をエンドピンの先に置いたアイテムで補強しようとするものです。小さく見れば考え方に差異がありますが、その意図の根本は同じです。面白いのでそのエピソードをUPしました。

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■夜ご飯、えっ?・・・2009・7・1
いつ頃からか<夜ご飯>という言い方が広まっているらしいです。 日本人の生活習慣が夜型へ徐々に移行したのと符合してそのような言い方に不自然さを感じなくなったのでしょうか、というかむしろ<夜ご飯>の方が実情に沿っているのでしょうね。

<夕方?ご飯にはまだ早いよ、だってまだ明るいじゃん>

50年あまり前、皆で遊んでいても5時頃を過ぎればあちこちの家から<○○ちゃーん、ご飯よー。帰っておいでー>と広場に声が掛かり、乳歯が抜けてゆくように周りが寂しくなって行くのが常でした。一緒に遊んでいる人数が減ると俄然面白くなくなるので半分もいなくなると自然流会です。だいたいカラスが鳴く頃でしたね。

半世紀をかなり上回って生きていると、歌もそうでしょうけど<言葉>は世の生活スタイルにつれてどんどん音を立てて変化する、と言うのを実感します。

若者の頃はお爺さんが喋る言葉や発音に古めかしさを感じていましたが、今は私が若者からそのように思われているだろうという推論が高確率で成り立ちそうです。

確かに食事は夜に摂る事が多いのですけど、でもやっぱり夜ご飯と私には言えません。

では私は小さい頃何と言っていたのか?考えましたが、夕ご飯だったか晩御飯だったか記憶があやふやです。そこで良い手を思い付きました。直ぐ上の姉は日本を離れて40年以上なので昔使った言葉はそのまま冷凍保存状態なのではないかと想像してメールで尋ねてみました。返って来た返事は<晩御飯>。でも私達の祖父は<ゆうはん>と言っていたそうです。

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