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猫又〜〜2006/9/27
どうもA弦とE弦の響きが安定せず基音より倍音の方が大きく聞こえたり立ち上がりが悪かったりするのです.おいおい,頼むから下手な私を助けてくれよ.オイドクサはちっとも助けてくれないなぁ,何か他の弦に変えてみようか知らん.

真剣に悩んだ結果,高いけれどやっぱりガット弦特有の柔らかくて芯のある,慣れた音から離れることが出来ずに又オイドクサを注文しました.

届いた弦を装着して弾いて見たら楽に音が出ます.さては欠陥品だったと言うことか,それとも切れないのを良いことにあまり長く使い続けるとクセが出て使いづらくなると言うことか.

それってオレのこと?

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長府町〜〜2006/9/24
合奏練習出席を兼ねて,下関市の長府町へ家内と訪れました.

長府は私の生まれた町ですが,町内を何となく走っているうちに乃木神社に行き当たりました.私が生まれた当時,家族は乃木神社の直ぐ裏に住んでいた関係から明治の将軍乃木希典の一字を私の名前に付けたそうです.ですから私の俊典という名前は,読めば”としすけ”です.誰もそうは読んでくれませんけど.

それは兎も角,何十年も前に(中学のころか?)一度だけ訪れたその神社に行き当たったの幸い,立ち寄りました.売店にいた宮司さんは乃木さんの逸話をしばらく語ってくれましたが,ほとんどアウトラインしか知らない彼の歴史をよく知りたいと言ったら,ここにありますよと用意良くちゃんと本を売っていてそれを購入しました.

神社を後にして30mも進んだところで”横枕小路”と書いた石柱が狭い路地の入り口に立っていました.当時家族が横枕と言うところに住んでいた,という話は聞いていたので奥行き僅か50mほどで,しかも道の片側しか家並みがない(反対側は神社)その小路を歩いてみました.敷地は3〜4軒分,そのどれかに新生児だった私がしばらく住んでいたはずです.頭の中だけの奇妙な”懐かしさ”.

私が長府の町を好きなのは生誕地というだけではなくて,清々しさがそこはかとなく残っていて落ち着ける町だからです.町に執着する町民の意思は鹿児島の知覧ほどには感じられませんが,それでも十分町は清潔です.

例によってそこの美術館にも寄りました.狩野派の所蔵展をしていましたが,芳崖が長府の生まれだったとは知らなかった.そのコーナーで説明をするボランティアが閲覧者がぱらぱらと少なかったのを幸い一枚一枚丁寧に解説をしてくれて,最後に彼女と大和絵好きの家内は手を取り合っていましたよ.

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工作キチガイ〜〜2006/9/22
私は一体本当に音楽が好きなのでしょうか,実は音楽をダシにして工作をしたいだけなのでしょうか.自分でも解らなくなるくらいです.

こんどはバスキャリーを作りました.

これまでは東京に行ったときにバス工房で教えて貰って東急ハンズで買った小さいアルミのバッグキャリーを使っていました.それはそれで大変便利に使って来ましたが,楽器の大きさに比べて小さ過ぎて不安定なのが玉にキズでした.

ふと倉庫の中に,以前キャンプに使っていたもっと大きなものを運ぶ荷物キャリーがあるのに気付き,これを改造しました.

うーん,上出来.これも使い込んでこれ以上改造の余地がなくなってから写真入りでアップロードします.

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完成見学会2〜〜2006/9/19
見学会のアンケート集計をしてみると,2日目の来訪者はもう10人位多く,40人弱ほどだったようです.

来訪者は皆さん建物をほめてくれましたが,中でも嬉しかったのは,2日目でしたがある女性が居間に入るなり”鳥肌が立つほど素晴らしい空間”と思わず声を上げられた事です.もう設計者冥利に尽きるほめられ方でした.

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完成見学会〜〜2006/9/18
昨日今日と2日間で新築住宅の見学会を開きました.

台風が心配でしたが,最初の日の最後のお客さんが帰られた6時前頃から風がひどくなり,その晩は夜中まで大荒れでしたが,2日目はどんよりと曇ってはいたものの穏やかな日になり,実質的には見学会に影響がなくてとてもラッキーな台風通過でした.

来客は最初の日が家族連ればかり7組,2日目は朝のうちに出足が鈍く心配しましたが,結局は一日で30人弱と予想を遥かに上回る大盛況でした.つきまとわずに自由に各部屋を見て頂き,希望するお客さんには各部分の設計意図などを説明をするのですが,熱心に耳を傾けてくれる人達ばかりでした.

どのお客さんも玄関から室内に入るなり設計のユニークさと質感の良さにワーと驚きの声を(特に女性が)上げられましたよ.私達に取っても,このような建物の設計と建築を任せてくれる顧客と出会えて良かったと思います.

ぐったりと疲れてしまった2日間でしたが,それにも増して充実感に満ちた見学会でした.

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再びユンディ/リ〜〜2006/9/16
2001年12月18日のときどき雑記でユンディ/リという当時18歳の新進ピアニストのお話をしました.その中で4年後23歳になった時の彼のCDを買ってみたいと書きました.

今日その彼のCDを買いました.2005年6月の録音と書いてありました.1時間余り夜の運転をしながら聞いたのではっきりとまとまった感想ではありませんが,私の好きなディヌ/リパッティにそこはかとなく通じるものがあり,4年前の”清冽な”という印象は大きくは変わっていません.とはいうものの若干の変容をしているようで,常識的な大人の世界につま先がちょっと掛かったかな_と.

彼に残された時間はたっぷりあります.どんな成長を遂げるやら.

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レコードジャケット〜〜2006/9/13
注文していたLPレコード袋が到着しました.

レコードのビニール袋は棚に入れていても長い間に表面に出ている部分から劣化してボロボロになって来るので,棚から出し入れするたびに前の床は雪のように細かいカケラが降ります.

よくしたもので,ちゃんとレコード袋を売っている店があるのです.これから何日か掛かって全部を入れ替えてゆきます.袋を入れ替えながら,あぁこんなレコードを持っていたんだと手に入れた当時の感覚が蘇ります.

レコードジャケットには面積があるのでCDに比べて美術的な面白さがあります.一番好きなジャケットはドイツグラモフォンのナタン/ミルシュテイン(バイオリン)オイゲン/ヨッフム(指揮)の組み合わせによるブラームスのバイオリンコンチェルト,クラシックな猫足の肘掛け椅子にバイオリンを座らせた写真です.バックは一面グレーの混ざった渋い紫色を画像処理して絵画的にざらつかせています.本当に久し振りに目にしましたが,やっぱり椅子に座ったバイオリンが何かを語りかけて来るようで,それに衝撃を受けるのは昔と同じです.裏には昭和52年3月25日に広島の第一産業で買ったと書いてありました.

それにつけても,レコードはいつまで経っても私の宝です.

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一寸先は闇,何が起こるか判りません〜〜2006/9/12
バス椅子の改良に取り掛かって,試行錯誤の末にやがて予定していた工程が終わろうとしていたその時に,まさかどこにでもある折り畳み式パイプ椅子を急転直下バス椅子に使うことになるとは_.

今日どこのホールにも置いてあるようなタイプのパイプ椅子を自宅練習用に購入しました.ステージでも我が家と同じ感覚で演奏出来る為には,自分のバス椅子を持ち込まない以上はこうするしかありません.

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コンサート用製本〜〜2006/9/8
コンサートに使う楽譜の4度目になる補筆訂正(指揮者の指示だけでなく,団にコンバスパートがいないので指使いや弓のアップダウンも考えて打ち込みます)を終えて,プログラムの順番に並べて製本しました.楽譜ソフトによる打ち込みは最初は大変ですが,訂正とプリントアウトは本当に楽,繰り返し書き込んでもいつもまっさらの最新訂正版をプリンターから取り出すことが出来ます.

楽とは言えそれなりの時間と手間は掛かるのですが,しかし当日に詰まらない事に気を取られてステージでの演奏がおろそかにならない為の段取りですから,手を抜いてはいけないと思っています.とくに私のように団員ほどの練習の積み重ねが出来ないエキストラ(おまけにバスパートに複数名がいない団ばかりを賛助すればなお更のこと)ならば結構プレッシャーが掛かってきますので用心に越したことはありません.

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工作5連発〜〜2006/9/6
8月下旬から”紐/鉛筆””オーディオラック””バス椅子座面””バス椅子背もたれ”と続けざまに工作をしましたが,その勢いが止まりません.今日は譜面台の弓置き台を作りました.

木製の大型譜面台などでは広げた楽譜の足元に弓を置く溝があったり,指揮者用の譜面台では指揮棒を置く溝があったりします.でも通常楽器店で売っている鉄製譜面台にはそれがありません.クラシックのバイオリン属ならピチカートはごく稀なので弓を譜面台に置いたら楽譜の最下段が見えなくなるという事はないと思いますが,今回賛助するマンドリン音楽では何曲かで弓奏とピチカートがくどいほど入れ替わります.弓を置いたままページをめくることもあるので弓置き台が欲しかったのです.

そこで試作を2度した上で(恥ずかしがらず正直に言えば失敗を2回繰り返した挙句に)通常の譜面台に取り付ける事の出来る弓置き台が出来ました.

これも又後日発表します.

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作り直し〜〜2006/9/5
作ったバス椅子改良版(これを4号改と命名します)の気になる点を改善しようと,早速同じ材料をもう一度買い集めて最初から作り直しました.

家内は呆れて,同じものをもう一度作るなんて変人だと言わんばかりの顔です.

同じものを作るのではないし,そもそも世の中の発明発見はそのような事を延々と繰り返す人達によって成し遂げられていますよね.家内の便利な生活は家内の言う変人達によって支えられている訳ですから,変人呼ばわりは天に向かって唾を吐く行為でしかありません.(ちょっとオーバーかな,かあちゃんごめん)

えー,私がHPで発表して来た色々な工夫はご承知のように単なる微々たる工夫であって発明でも発見でも何でもないので,あたかも努力と成果に満ちた天才たちに比肩するかのように聞こえるならお詫びします.(なんてお断わりするまでもないですね)

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早世した友人の実家訪問〜〜2006/9/3
今日の下関での練習は開始より1時間以上も早く到着してしまいました.そこで練習場の直ぐ近くにある高校時代の友人の実家へ予告なしに訪れました.彼はおよそ10年前に亡くなりましたが,高校当時彼の実家は私の下宿の道路向かいだったので彼は時々教科書とノートを持って遊びに来ていましたし,汽車に乗って私の実家へ来たこともあります.また大学時代は彼を含めて3人で九州一周ポンコツ車旅行もしました.練習に来るたびにそれらを思い出し,訪ねて見たいと思っていたのです.

日曜日なのに店のシャッターがすこし開いていたので中に入った所,応対に出てきたのは彼のお母さんでした.お歳は80代の後半,品の良さは当時以上のように感じました.唐突なのでいぶかしそうでしたが,すぐに私の名前も高校時代からのあだ名も思い出して頂きました.

お母さんとお話しするのは高校以来です.彼の思い出話や私の半生,またお母さんの半生を1時間に亘って話し込み,そんな話は途切れませんでした.多分夕方まで掛っても終わらなかったでしょう.とても喜んで頂き私も長年の宿題を提出したような清々しい気持ちでした.

コンサートの時はご招待状でも差し上げましょう.

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バス椅子座面の改良〜〜2006/8/31
今日バス椅子の座面を変えようと思いました. ふと急に思い立った訳ではなく以前から経年変化による座り心地の悪化を何とかしなければ,と思っていたのです.

勝算があったのでなく,DIY店に行けば何か適当なものがあるだろう,という程度の低い体温で探し,その結果低反発の枕を買って帰り,その枕を破ってからどうすれば良いかを考え始め,縫い物は家内の助けを得ながら食事を挟んで9時には試用出来るまでになりました.

10月のコンサートにはこれを使います.やがてこの製作過程もUPすることになるでしょう.

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オーディオラック取替え〜〜2006/8/30
長い間使って来たオーディオラックがアンプの重さに耐え兼ねたようで,ある日気付いたら棚が潰れてしまっていました.そこでオークションで頑丈そうな中古木製ラックを気に入って落札しました.設計が古いので幅1mあるうち右の棚の中にはLPプレーヤーを置くように作られているようですが,私はそこにもアンプやデッキ類を置き,LPプレーヤーは天板の上に置いた御影石の板に乗せ,裏でワイヤリング作業が簡単に出来るようにラックの底にキャスターを付けて移動式にしました.多分ラックに乗せる機器の総重量は200kg近くだと思うのでキャスターを10個つけ500kgに耐えられるようにしました.

キャスター取り付けによって思った以上にメンテナンスが楽になりました.又いつか何年も掛って買い溜めたLPを聴いてみたいと思います.ちょっとだけ回してみましたがやっぱりLPの音はいいですねぇ,その音色にホッとします.君を絶対に手放さないぞ.

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合宿終了〜〜2006/8/27
2日間の合宿を終えました.合奏練習は厳しくなかったものの夜の懇親会が私には厳しく,午前1時前にグロッキーになり早々とダウンしてしまいました.このクラブに今年入部した山大時代の一年先輩はそれに耐えたそうです.

ともあれ,45年前の合宿メンバーとまた同じ強化合宿をするなんて面白い巡り合わせで,45年の実社会生活が嘘みたいです.

私の音?やっぱりしばらく本気で弾いてなかったので荒いですねぇ.コンサートまでにはどうにか我慢出来るレベルにはしなければ.あ,そうそう食堂の店主にもお会いしてきましたよ.

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合宿〜〜2006/8/25
合宿,何と懐かしい響きの言葉でしょうか.半世紀時間が逆戻りしたような気がします.

このたび声が掛かって賛助を予定しているマンドリンクラブは合宿をするそうで,部外者ながらそれに参加するつもりなのです.おまけに合宿場所は出身大学のすぐ近くらしいので,それなら気分まで学生,帰りには昔通った食堂に行ってみようかな.10年くらい前に立ち寄ったら私を覚えていてくれました.店主は当時若々しいお兄ちゃんでしたが,今ではお互い他人から見れば単なる初老,でも昔の顔を知っているから当時のお兄ちゃんがちょっと進化したかな,程度なのがほんと不思議です.

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皮袋は出来たが酒はこれから〜〜2006/8/22
7月15日に予告したギャラリーの百人一首は展示コーナーの準備だけ整いました.後は作品の搬入をすればよいだけです.肝心のかるたは百首分の上の句と下の句で合計200枚です.ほとんど出来上がっていますから後ちょっとで展示出来るはずです.

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紐/鉛筆〜〜2006/8/20
唐突ですが,新しい小文をUPしました. ”紐/鉛筆”(ひもえんぴつ)というネーミングですが,楽譜記入用の鉛筆と赤鉛筆を譜面台にぶら下げる仕掛けです.多くの人がそれぞれ工夫をしていると思いますが,みーさんスタイルのぶら下げ方をご覧下さい.

”調整/工作室”→”演奏者の為の工作室”にあります.

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JR車内放送〜〜2006/8/19
博多に行くのに車を運転するのでなく,久し振りにJRに乗りました.博多から中津に帰るのに大分行きの特急に乗り,走り出してから車掌さんが求めるままに切符を見せたところ,”乗る列車を間違えていますよ,これは久大線経由の大分行きですから”

でも大分行きだし乗り込んでから発車するまでかなり時間があったけど車内放送は何もなかったのです.同じ駅から発車する大分行き列車に二種類あってそれがお互い逆方向に走るなんて知らなかった.表示をしっかり見なかったこちらにも落ち度はありますけど.

次の駅で降りて博多まで後戻り,無駄に費やした時間はおよそ1時間.車内放送はうるさい,と苦情が多かったので全国的に控えるようになったのではないだろうかと想像するのですが,でも大事な情報は伝えて欲しいですね.

短く喋って確実に相手に理解させる方法は,これから何々についてお知らせします,などと言って一呼吸置いてから伝えることです.それなら一度だけでOK,欲しい情報なら聞き耳を立てますとも.特に全国的にも例外的なこのような列車ならその違いについてちょっと喋ることです.うるさいと感じるとすれば同じ事を何度も繰り返す放送や,”お忘れ物のないように””列車とホームの間が広いので気をつけて下さい”に類する放送,これは言われるまでもない自己責任の範疇です.

JRは,放送がうるさいという利用者の不満を無批判無条件に受け入れたのでしょうか.今日の雑記はJR関係者の目に触れて欲しいなぁ.

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キャップ長者〜〜2006/8/16
私はキャップが好きです.つい最近ではひさしの擦り切れを修理したように見せ掛けたキャップを町で見掛けて買いました.これって60過ぎの若者にも似合うでしょうか,ちょっと不安です.

今の手持ちキャップを数えたら総数8個,この数でキャップ長者を名乗っています.

古くて色が変わってしまったキャップでも捨てずに使いますから,ロクでもない帽子ばかりなのですけどそれでも一向に構わず被っています.長者とはいいながらも,スケールが小さくみみっちいお話でした.

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終戦の日〜〜2006/8/15
今日は日本が降伏し敗北を認めた日です.

このたびは早朝からテレビでは例年とは少し異なる視点から特番が組まれています.このときどき雑記では宗教と政治に関してあまり突っ込んだ議論をしないように心掛けていますが(なのに時々は逸脱しているなぁ)このように広く議論されて行くのは良い事だと思います.

議論されるべき問題は広範にわたるし,どれも重いものばかりですが,何年も掛けて或いはひょっとして何十年も掛けて広く議論を進めた上で日本人みずからが何をどう位置づけてどのように行動してゆこう,と略々コンセンサスを作り上げる事が出来れば良いですね.これまでは蓋をして来ましたから良いきっかけです.

そのコンセンサスに加わる為には,皆がこれを自分の事として自分の頭で考えて行かねばならないと思います.日本人である限りにおいては傍観者にはなり得ようがありません.

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シルバーセンター〜〜2006/8/14
今年はヤル気が起きなくて,樹木の剪定をシルバーセンターに依頼しました.先日,センターからシルバーマン(?)3人来られて軽く一日,午後に入って遅くならずに終了しました.偶然にも,そのうちのお一人は昔仕事をさせて貰ったお得意先でした.

仕事が手早いのにびっくり,請求書が送られてきて安いのにびっくり.

感激した家内は来年の予約までしたようです.社会で一役終わった技能者がその特技で社会奉仕,これはとても良いシステムですね.もし私が完全リタイヤ出来たとして,私なら何が出来るでしょうか._下を向いて反省/沈黙.

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絵の購入〜〜2006/8/13
画家の絵を初めて買いました.

私の知らない名前の画家ですが,小倉の百貨店に立ち寄ったときギャラリーで展示即売会をしているので例によってふらりと入ってみました.描く対象が関門海峡近辺の風景と花の絵という二つの傾向を持ち,特徴のある三種類の色を使う人です.そのうちの青の色調が好きでした.門司港レトロのレンガ造建物を描いた作品を安いと思って買いました.

展示会期が終わってから届くでしょう.

絵とは会場で見て楽しむものと思っていましたが,自宅の壁に飾って見るのはどんなものなんでしょう.やがて飽きるのか,だんだん愛着が深まるのか.さて.

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小松崎茂〜〜2005/8/10
小松崎茂の作品展に行って来ました.

私たちが小さいころ,少年雑誌の口絵は彼の描いたものでした.例えば旧日本軍の軍艦や戦闘機,また戦後のアメリカ軍ジェット戦闘機あるいは未来の宇宙旅行の想像図など,私たちに圧倒的な迫力で迫って来て,ただうっとりと見とれていたのです.

彼はキャリアを日本画からスタートしたと展示で知りましたがこれは意外.そしてプラモデルの箱絵も沢山手掛けたというのもここで知りましたが,プラモに夢中になるには私はその時もう大人になっていたので彼のそんな境地を知って驚きましたが,でもこれは納得.

私は中学から高校に掛けてペン画をたくさん描きましたが,それには小学生時分に胸をときめかせた彼の雑誌口絵が大きく影響しています.このサイトの”ロビー”→”メール郵便箱”のクラシックカーは高校時代に描いたもので,小松崎茂がこの世に居なかったらこんな絵を私は描けたかどうか.

時代は移って,小さかった甥達や私の子供達に絵をたくさん描いてやるのにもちゃんと小松崎茂は役に立ってくれました.彼らもまた私の小さい頃のように目を輝かせて私の手の先から生まれる絵を楽しんでくれました.

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立秋〜〜2005/8/9
えっ秋?もう立秋ですか,暦は早いですね.30度を超える暑さが遠慮なく続いているのに日中の堪らん暑さは立秋になっても相変わらずです.

恒常的な地球温暖化によって過去の季節感は失われつつあります.季節の持つイメージも変わります.夏の暑さの頂点でちょうど峠のようなもの,後は下り坂しかない立秋ではありますが,その季節の変わり目は目にも定かに見えないし風といえば相変わらず熱風でしかありません.

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先入観〜〜2005/8/6
我が家にボディが薄い赤色をしたボールペンがありました.キャップも赤色です.ボールペンがないか,と家内に尋ねたらそこにあるでしょ.いや赤ペンだと答えたらそれ黒ですよと返事.

書いてみたら赤色の筋ではなくて黒い字が書けるのです.嘘だろ,私はそのボールペンがとても悪い嘘をついているように感じました.先入観は,封建時代の専制君主のように後から入ってくる”それとは異なる情報”をばっさりと悪だと断罪しますね.

男の子をピンクのおくるみに包む意外さ,仏滅三隣亡に結婚式を挙げる型紙破り,みんな”悪”か”常識への横車”か,はたまた”新鮮な感性”か?

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一応完了〜〜2005/8/5
これと決めて始めたら後は競馬馬のように一直線,こんな私の性格に付き合うのは疲れます.で,疲れました.

でも今日,一応仕事のホームページ更新は自分自身に課していた作業を終えました.所要期間2ヶ月余り.今使えるノートPCが一台もないのでこの間は自宅で食事を済ませて会社へ逆戻り,何度も夜中まで作業をしました.朝5時ごろ出社して作業したこともあります.

一応終わったとはいえ今後もホームページには手を入れ続けますが,それは通常のメンテナンスの範囲のことになるでしょう.

今回得た知識をこの趣味のホームページにも反映させてみたいな,と思い始めていますよ,性懲りもなく_.

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ふじみ野市流水プール事故の教訓〜〜2005/8/2
流水プールの吸水口に小学校2年生が吸い込まれて死亡しました.
プールの内壁にあけてある吸水口は,人が吸い込まれない為にパイプ枠が被せてありました.そのパイプ枠の取り付けが不完全だった事が事故につながった人災のようです.

事故があったという視点に基づいて吸水口のテレビ画像を見ると,第一原因はずさんな管理だったとしても,その前に設計がマズいという感想を持ちました.

事故が起こらない為の手だては二重三重に用意してフェイルセイフを目指さなければならないと思います.この流水プールは,今回のようにパイプ枠が外れると,直ちに人を吸い込むように出来ているのです.

吸水口で起きている問題の負圧を泳ぐ人から遠ざけるにはプール内壁の吸水口面積を,たとえば幅50センチ×高さ1mくらいの大きさにして流速をゆっくりにする必要があります.その大型吸水口から穏やかに入る水は本流すぐ脇に盲腸のようにつながっているサブ水槽(2m×2m位の広さ)に一旦納まり,そのサブ水槽内壁に例の吸水口を取り付けるのです.従ってパイプ枠は2箇所必要になります.(サブ水槽への落下防止策が副次的に必要ですけど)このサブ水槽の直ぐ近くには掃除や緊急の為に使うサブスイッチボックスを付けて吐水ポンプを止められるようにしておきます.

三重目の防止策はその吸水口をプール監視員が常駐する椅子のすぐ近くにすることでしょうか.

設計者がそれに気付かなかったのか,設計者が気付いていても市は予算を出せなかったのか.ふじみ野市のプール企画責任者に,そこを尋ねて見たい気がします.

そして全国の流水プール,また今後計画される流水プールの担当者には今回事故は管理不行届きが原因だったと単純に下請けの業者責任として片付けてしまわれないように願いたいです.新聞論調もそうあって欲しいですね.

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お詫び(緊急)〜〜2005/7/31
19時前ホームページのトップをクリックして中に入ってみて目を剥きました.何とそこには仕事のホームページが表示されているではありませんか,冗談じゃないっ.

今日夕方,更新するのにFTPソフトのHP転送設定を間違えて送り出した瞬間に間違いだったと気付いてストップし,送り直したのでそれで良いと思っただけで確認しなかったのが悪かったようです.その時に送り込んでしまったファイル何枚かがネットの上で何時間かは生き延びていたようです.

それを目にされた訪問者の方,大変ご迷惑をお掛けしました.幾重にもお詫び申し上げます.

このHPのファイルすべてを改めてアップロードしたのでもう不具合はないと思います.失礼しました.

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ホールの不思議〜〜2005/7/31
当市にTV番組”何でも鑑定団”がやって来ました.息子がこの立案にタッチしていた事もあったし,出品を勧めた知り合いが依頼人として採用され登場することもあって市のホールに行きました.

一番強い印象として残ったのは,これまでこのホールには数え切れないほど聴きに行きましたし,又出演もして来ましたが,過去このホールで知り合いに出会わなかった事は一度もなかったのに今回は満席だったにも拘わらず誰一人顔見知りに出会わなかった事.客層が違うと言ったって_

会場を出てから,あり得ね〜と叫ぶ危うく叫ぶところでした.

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目〜〜2005/7/29
ステージに先立つ写譜,私には欠かせません.普通の人にとってはごく読みやすい印刷楽譜でもそれを単純に拡大コピーするだけでは駄目で,玉が大きい特別仕様のフォントで書き直します.そんな小細工が出来る楽譜ソフトのお陰でステージ寿命が幾らかは延びています.

かなりひどい乱視,空飛ぶ鳥は私にとっては全部大型トンボに見えます.この面白さ,乱視でない人には解らないのが可愛そう(!?).一方でパソコンの画面は何故かよく見えるのです.一日10時間でもそんなに疲れないのが不思議.昨日の晩も11時まで写譜です.

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入道雲〜〜2005/7/28
梅雨明け,早速青空にくっきりと白い入道雲が湧いています.運転する車の真正面の入道雲はちょっと変わって見えます.入道雲の肩のあたりから腕が伸びて,ちょうど遠くの人に手を上げて,やぁと挨拶する形にそっくりです.あはは,と見ている間もなく,1〜2分で形は崩れてしまいました.

小さい頃,綿雲がウサギに見える膨らんだお餅に見えるなどと見上げて想像をたくましくしていたのを思い出しました.けど,入道雲がこんな形をするのをこれまで見た事がありませんでしたよ.でも,小さい頃の入道雲はもっと白かったような気がするけど_.真っ青の,光るように透明な青い空に高く高く成長してゆく入道雲を見るのは大好きでした.

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二人羽織,その後〜〜2005/7/26
今年4月13日に”二人羽織”というテーマでご紹介していますが,私は少し古いIBMのノートPCを2台所有しています.

何とか使えていたそのうちの1台が起動しなくなりました.そこで起動はするけれども液晶が死んでいるもう片方のPCに,HDDが死んでいるけれども液晶が使える方のノートを合体させて本当に二人羽織を実行することにしました.

今バラしている最中ですが,作業はかなり進んだものの内部のネジ一本が外せないために内臓を露出させたまま,行き止まりになっています.

マニアル片手にやっている,そのマニアルと実物が仕様変更があった為かわずかに違うようです.A作業をしようとすればB部品が邪魔になる.けれどもB部品を取り出すにはA作業をしなければならない,と堂々巡りのニワトリ卵状態です.

さて,如何にせん?

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出来過ぎ〜〜2005/7/24
7月13日に仕事のHPがYahooやGoogleの検索サイトで上位に入るようになったと書きましたが,それは”中津市”という地域を限定するワードと組み合わせた時の事を言ったのです.地域を狭く限定した上でワード検索の上位に表示されれば満足だと思ったのです.

ところが最近になって”中津市”を取り去ってもHPの中で書いている言葉で検索すると上位10社(つまり検索結果の最初のページ)以内に入るワードが散見されるようになりました.期待を上回る出来過ぎにびっくりしています.

田舎零細企業のHPなのに_とちょっと面映いです.(でも本当に評価されたいのは当社の考え方と建物なのですけど_これは小さい声で)

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ジダンのプライドとFIFAの判断〜〜2006/7/20
W杯優勝決定の仏伊戦の延長戦最中にジダン選手はイタリアのマテラツッイ選手が彼にささやいた暴言にたいして頭突きで応えました.ジダンは華やかだった選手生活を終えて引退する直前の,わずか10分か20分前になって選手として大きな汚点を残しました.

FIFAがどのような裁定を下すか注目していましたが,明快な判断というにはには程遠い,自信のない及び腰の裁定が下されました.まるで世間の評判を恐れるかのように,どちら側へも取るに足りない僅かな罰です.

試合中には相手選手に常に敬意を払え,暴言を吐くな._と世界に対して叱責するでもない.暴力を振るうのは最低だ._とサッカーをする何億人に公言するのでもありません.これではサッカー選手が汚いファウルを日常的に繰り返すのも仕方ないか,トップのFIFAがこれだから,と思ってしまいます.

上記の感想に拘らず,ジダン選手の行動について私の思うところは別物です.

結果的に彼の選手生活を汚したかもしれませんが,男として人間として彼はプライドを守りました.そのプライドはあの時あの形で表現するしかなかったのです.試合が終わってピッチを出て,人から見えない選手通路でぶん殴るのならお利口さんだったでしょうが,それなら私のジダンに対する評価は”マテラッツイ選手に劣らぬキタナイ奴”だったと思います.

ジダンのシャツを試合で引っ張るマテラッツイに対して”そんなに欲しいなら後でやるよ”と言ったのは,自分は大物なんだと相手を見下した言葉ではなくてシャツを引っ張る相手のファウルを責める代わりのウィットではなかったかと思うのです.それをウィットで言い返せず汚い言葉になったとすればそれはジダンの問題ではなくマテラッツイの劣等感もしくは持ち合わせている品性の問題だと思います.

以上ジダンに肩入れして言うのではありません.

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下手な運転〜〜2006/7/18
ずりっ,またやった.どうも車の運転は下手になる一方です.

私の車は大きな傷はないものの,細かい擦り傷/へこみ跡は十指に余ります.この車は人に優しく作られた車なので受けたショックを受け止めるよう柔らかく出来ているのです(嘘つけっ,安い車なので鋼板が薄いだけじゃないか)

タフドライバーだったみーさんはどこへ行ったのでしょうか. 

ところで,知り合いの自動車保険屋さんが言いました.事故が起こるのは決して偶然ではありません.何かが起こるときは同じようなことを数限りなく繰り返してきていて,事故はそれらの積み重ねの上に乗っかっている必然です.

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暑い〜〜2006/7/16
今日は朝9時から30度を越していて,朝ごはんを食べただけで汗アセです.

30年近く前,九州へ転居したときは午後になって30度を超える日がしばしばあって,その日はノックダウンでした.その前に住んでいた広島では日中たまに30度を越えるくらいだったのに_.

さて,生物は環境に合わせた進化を遂げますが,人間はどうなってゆくでしょうか.

賢くなりすぎた人間はみずからを環境に合わせて変えて行く厳しい選択をせずに自ら考え出したエネルギーに頼り,楽ちんをしたままで種の保存を図ろうとするのでしょうか.

ある動物は増えすぎると集団で海に向かって突き進み,数の適正化をして種の延命を図るそうです(小さい頃に読んだ本で知りましたが,本当かしらん)人間が殺し合いを延々と続けるのは,種の適正個体数を調節する神から与えられたメカニズムだとでもいうのでしょうか.生物お互いの食物連鎖によって地球の巨視的平和が保たれていますが,その食物連鎖の頂点に立つ人間は互いに殺しあうか,または自ら気候の変化を呼び起こして受動的に集団自殺をすることで適正生存固体数の調節を図るのでしょうか.

そして生き残ったわずかの人間はその後に訪れるはずの穏やかな気候とふんだんな食物でリスタートする地上の楽園を満喫するのでしょうか.

いやぁ,全く今日も暑いですねぇ.

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百人一首〜〜2006/7/15
家内はもうずっと前から二人の息子に残してやるものとして蛤でつくる貝合わせとカルタの百人一首と決めています.どちらも自分で作る予定ですが,気分が乗らないとなかなか筆が進みません.大和絵はとても細かい作業なので目の能力が残っているうちに製作しないとタイムアウトに_.

で,百人一首の方は何とか目鼻がつきそうです.白紙のカルタに小さく文字と絵を描いてゆきます.絵は描き終わっていてこれから文字を書き込むのですが,出来上がったものからアートギャラリーでご紹介して行きましょう.

お楽しみに.

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仕事のHP〜〜2006/7/13
私のいつもの行動パターンです,一度気になると徹底的にのめりこむのは_.仕事のHPをちょっとだけ変更,と取り掛かったのに結局は1ヶ月掛かりで全ページの表側裏側に手を入れる大更新,このサイトに翻訳して言えばバージョンナンバーが変わるほどの変更になりました.

最近見かけるHPでは背景にドット模様やライン模様がとてもはやっています.このHPでドット模様を背景に使ったのは3年前,真似ではなく自分自身で考え出したオリジナルテクニックでしたが(世界に先駆けて,なんては思っていません)それが次には700ピクセル強の長さのライン模様をリピートで縦に積み重ねセンタリングさせると言う,現在このサイトのトップで使っているようなテクニック(これも私のオリジナルなのですが)がはやってくるのでは,と思っています.それと同じテクニックを仕事のHPの全ページに使いました.これは画面に立体感が出て面白いです.

SEO(検索サイトで上位にランクさせるノウハウ)も勉強しながら対策を施し,これは成功して思いがけずヤフーでもグーグルでも狙った複数ワードで1位表示されるようになりました.これは営業用HPなどを対象に商売が成り立っており,それが何十万円の成功報酬なのだそうです.

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野菜畑じゃ嫌〜〜2006/7/8
さる中学二年生の女の子,合唱団に入っています.プログラムでは演技しながら歌うんだそうです.

彼女いわく:
演技するときにそこは野菜畑だと思えばいいよって言われるけど,私はカボチャだとかスイカだとかは思いたくない,勿体無いもの.ちゃんと人間だと思いたいんよ.だって見て欲しいのは野菜からではなくて人間からだから.私,人の前で演技する方が好き.

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プライバシーの保護,さて?〜〜2006/7/6
今年2月25日付けで行過ぎた個人情報保護への素朴な疑問を書きました.それは実に素朴なものでした.

でも行過ぎた保護は空恐ろしい側面を持っている事がニュースになりました.家庭内暴力で幼児を殺した犯罪を周囲が事前防止する事が出来なかった,その背景に個人情報の過保護が横たわっていたようです.

いまや個人はばらばら,家庭はばらばら,ご近所がばらばら,社会がばらばらです.犯罪から個人を守るはずの”個人情報保護”によって連帯感のない社会が助長され,それが却って犯罪の温床になるのです.

ある意味,個人情報保護は間違いでない部分を包含していますから,何とか早い目に軌道を若干良いほうに修正してはどうなんでしょうか?

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水の流れ方三態〜〜2005/7/5
今年の梅雨は男性的な降り方をしますね.

夜,家の中にいて敷地の外を流れる水路の音を聞くとはなしに聞くと,水の流れ方に三種類の音があります.

ほとんどの場合は無音です.黙って密かに流れています.二つ目は継続音でざぁざぁという勢いが感じられる音.三つ目は断続音,かぼっかぼっと切羽詰まった音になりますが,流れる水も苦しいのでしょうか.向こうの景色がかすんで見えるような男性的な降り方が止んでしばらくしたらこの音になります.

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ひいき〜〜2005/7/1
W杯は決勝トーナメントに進むと流石に試合の質が高くなるように思えます.

サッカーを良くは知らない癖に,門前の小僧状態でいっぱしの口を叩きますが,パスにしても意図が感じられるようです.意外なスペースへ走り込むのとその前方へ正確なパスが通るのは見ていて気持ち良いですね.最近は画面のボールを見つめるだけでなくて,その時に他のメンバーはどう動いているかを追って忙しい目の動きになりつつあります.日本の試合を含めた一次リーグ観戦で欲求不満になるのはバラバラになってしまう戦い方でした.

打ち明けますと,このたび私のひいきはポルトガルです.一次リーグ戦でその動きに着目したのです.どこまで行くかポルトガル!.


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