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ときどき雑記

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2002/6/30
耶馬渓のその又奥の山国町で交流会が開催されました.
近郊の音楽愛好家によるステージを使った練習会,ジャンルは多岐にわたり古楽器グループ/ピアノ/ギターデュオ/ヴァイオリン/声楽/フルート.
午前中は各自ステージ練習,午後相互に発表. 主催者は大分の三宅だす!さんご夫妻でした.

今月は思いがけず二種類の交流会に参加したことになります.私は子供さんが弾くヴァイオリンに付けるピアノ伴奏の補強.ピアノ譜を渡され”どの音符を弾こかいな”状態でステージに上がりましたが,それでもこれから約一年弱はステージに上がる予定は入れられないだけにたった二曲でしたが今回も十分楽しみました.

どんな状態であってもステージに上がるの大好き人間.

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2002/6/29
幾何
高校生のころ,幾何はとても好きでした.ところが点数は大概20~30点,何故でしょう?
それは兎も角,相手を倒す為の武器が設問中で与えられ,他に武器庫にも武器があって自由裁量でそれが使える.それらの武器を使って問題を打ち倒すのは面白いことでした.

どんな武器を使うかには”ひらめき”が大変重要で,大抵の戦闘場面では私が打ち負かされるのですが,この味が忘れられずに広島在住中は昔使ったチャート式幾何を夜布団に引っ張り込んで解きました.多分この参考書を処分してしまう事は一生涯ないでしょう.

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2002/6/28
ファーストクロップ
春に注文していた初摘みコーヒーが届き,味わっています.これをファーストクロップと言うそうです.文字通りその年初めての収穫です.巾着の形をした別珍の布ケースに豆の入ったアルミ袋を収めていて,仰々しく押し頂いて飲まねばならない雰囲気を漂わせています.

私は苦味のブラジル系が好きで,北九州に本社のある食材商社が焙煎した銘柄を選んでそればかり飲んでいました.所がその商社が銘柄を入れ替えたので新しい銘柄を買わざるを得ませんが,まだそれに慣れていません.

ところでこのファーストクロップ,まずまずの味で後口も爽やか.話題性を加味すれば決して高くはありません.それにしても好きだったブラジル/サンジョゼ,供給ををやめて欲しくなかった.

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2002/6/27
そりゃないよ
解説者がテレビで言っていました.”あそこでディフェンダーがファウルしなければゴールされていたかも知れませんね”

そうかも知れませんが馬鹿を言っちゃいけない.相手を引っ掛けて倒してもゴールされるよりマシ,まるでファウルするのを容認するような言い方ではないですか.そんな汚い手が試合に通用する競技はスポーツの名に値しません.日本でも盛り上がりを見せているこの競技の関係者,どうか考え直して下さい.

追い抜かれそうになったマラソン選手が相手を突き飛ばしたりコースを外れて近道したりしてトップを維持するのを許すのですか.

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2002/6/26
人気
サッカーはオリンピックより人気があるという話を以前聞いて,そんな事はないだろう,サッカーファンの身びいき/誇張だろうと思っていました.今回W杯を目の当たりにして私の考えはどうやら間違いかも知れないと思い始めています.

競技が一つだけで流れが判りやすいこと,得点にスリルがあること,動きが複雑で激しくしかもスケールが大きいこと,筋力だけでなく頭脳や偶然性も加味されること.

オリンピックの100m走やマラソン,水泳のリレーなどもとても面白いものですが,W杯サッカーはそれらの集まりに負けない別の面白さがありますね.

これにファウルの判定が誰にも判りやすく,正しく機能するシステムならばもっと良いと思います.そうなれば意図的なファウルも減って更に楽しめます.

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2002/6/25
UP
やっと本気で小文をUPしなければという気持ちになりました.
何でもそうですが,一度腰を落としてしまうと又立ち上がるのが億劫になるものですね.これを慣性の法則といいます.(私はよくまじめな顔をして冗談を言いますからご用心)”母娘のコンサート”はもう一年近く7割完成から動きませんでした.インタビューによって小文を仕上げるという手法に慣れていないという原因も手伝って昨年12月の”雑談/音楽鑑賞”から半年以上小文UPは途切れていました.

新しい小文は推敲/熟成後に上梓します.

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2002/6/24
日本人の悪い癖
日本人には若干自虐趣味があるようです.”日本人の悪いところは?”と自分で探してしまうところが”悪い癖”です.自信がないのです.そんなアプローチも必要かもしれませんが,もっと楽しく行きましょう.”日本人の良いところは?”と数えて見て下さい.

沢山ある気がしませんか.子供に教育を施すときのやり方と一緒ですよ.”お前の悪いところは…”と叱って育てるより,”こんなところが良いね,すごいぞ”とほめる方がずっと効果的ですね.(こんなこと自分の子育ての時期に気付いていれば良かった)

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2002/6/23
堪能
素晴らしいゲームでした.W杯トルコとセネガルの準々決勝です.両チームとも集中力もスピードも途切れることなく,見事な美しいプレーの連続でした.審判への疑問はなくその上イエローカードがほとんど出なかったことがこの試合のクリーンさと質の高さを印象付けます.見ていて途中で眠気がさす事はありませんでした.

どちらもゴール前で何度も何度もチャンスをモノに出来ずついに延長戦にもつれ込んだのは,守る側が与えるプレッシャーの強さと反応の速さを意味していました.延長戦に入ってトルコがゴールして決着しましたが,でもセネガルデフェンダーが見せた,放り込まれるボールの後ろからそれより早く自陣に突入してゴールを防いだシーンは忘れられません.

これで最後のベスト4が決まりました.後3ゲームで優勝チームが決まりますが,どんなゲームが展開されるのかとても楽しみです.

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2002/6/22
もう直ぐ梅雨明けです.夏がやってきます.水泳のシーズンです.
私は30歳まで全くカナヅチでした.それがほんの一寸したアドバイスにヒントを得て一夏で何キロも泳げるようになりました.話せば長い物話になりますから,このコーナー向きではありません.いづれ小文にまとめましょう.天然の泳ぎ達者には判らない苦労があるのです.

泳げない人の気持ちも,何故泳げないのかも,どうしたらそれから脱却できるのかも判りますから30歳以後は何人も泳げるようにして上げました.今でも上手ではありませんが,例えばフェリーに乗っていて沈没した時に,救助が来るまで生き永らえる程度の自信はついています.

しかしその代償も支払いました.30歳以後は毎夏しげしげと海に行きましたから皮膚にしみが沢山出来てしまっています.

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2002/6/20
ゴルゴ13の視点
漫画のゴルゴ13は自分を客観視することが出来ますが,自分を客観視することは実に難しいですね.自分自身を見つめる目を宙に浮かべる事が出来れば別です.

ある掲示板に私の頭の光り加減を65Wと表現しました.所がその後出来上がったばかりの写真を見て,こりゃ違う75Wから80Wはあるわいと反省.これは視線の角度の問題です.鏡を見る自分の視線は,頭の表面を地球に例えれば丁度夕日を見る視線が空気層を分厚く横切るように,実際以上に多く見えます.視点を変えて直角に近い角度で見ると澄み渡って見えますね.実際私の頭も思った以上に澄んでいました.中身についてでない所が残念.

老境に入るゴルゴ13は常に髪の毛の本数を正確に把握するのでしょうか.

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2002/6/18
収穫
我が家の豊後梅を収穫しました.木が大きくないので余りたくさんではありませんが,梅干を作ります.庭で出来るなりもののNo4です.キンカン/ヤマモモ/野苺そして豊後梅.

本当はミカンやだいだいを植えたいのですが,樹冠が大きく開くかんきつ類にとって我が家の庭は狭すぎるのです.うーん,ニレの木なかりせば….何故ってなりものは楽しみが大きいですからね.

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2002/6/16
家庭音楽会
家族数が多く音楽が好きだった父はたまに子供たちを座敷に集めて家庭音楽会を開きました.順番に家族の前に出て唱歌を歌ったりするのですが,残念ながら7人兄弟から音楽好きに育ったのは私のほかにもう一人だけ.
人の前に出て音楽をするのは本人にモチベーションがなかったら苦痛でしかありません,まして恥ずかしがりの年代の子供には.白状しますと,音楽好きに育った私でも当時は照れ臭くて困りました.

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2002/6/15
青い炎
予選リーグ最後の対チュニジア戦,家に帰りテレビで勝利の瞬間には間に合いました.

試合直後,選手へのインタビューで感じたこと.皆プレシャーと疲労でスリムになっていましたが,勝った喜びに溢れていると思いきや,周りの舞い上がりに関わらず,引き締まった顔で言葉少なく,次の決勝トーナメントに備えて心の中で青い炎を燃やしているようでした.

リーグ第一戦はかなり無駄な動きをしていたようでしたが,第二戦第三戦とだんだん動きが良くなって来ていますので,トーナメントに入っては勝敗は兎も角,良い戦いをしてくれるに違いありません.

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2002/6/14
代役
今年から来年に掛けて,ある団体の会長職を引き受けていてそちらを仕事以外の全てに優先させなければなりません.ですからコンサートの予定は入れることが出来ません.約束する以上コンサートに穴をあけることは出来ないからです.

そんな私に別口賛助のお話が入りました.その団体は今年バシストがいないそうです.そこでそのサークルの近くの町に住んでいるバシストに打診したところ快く引き受けて頂きました.
これはとても嬉しいことでした.次にその人の属する団体がバシスト不足になったときにはお返しをしましょう.

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2002/6/12
名付け親
新作バスの名付け親が決まりました.URARAさんと仰います.彼女に付けたニックネームは敏腕探偵さん. 探偵さんお世話になりました.楽器に名前を付けるのは時々聞く事です.しかしこれまで自分の楽器に名を付けることなど考えもしませんでしたが,お世話になった彼女を忘れないために何か…と言うことから思いつきました.

勿論女の子の名前. 次には折角付けて貰う名前を後世に残すためにもう一工夫を….

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2002/6/11
私の失敗
1) 写真を一杯撮ってやろうとデジカメの電池に充電して,交流会当日の朝ちょっとテストを,とスイッチを入れるけど通電しない.出発前で気が焦るままに置いて出ました.今日もう一度手に取ってみると,電池の入れ忘れ.通電する訳ぁありません.

2) 夜一つのログハウスに集まって談笑.その最中に各人の負担額を計算するためにPCを持ち込んで長時間掛けて表計算.”結果が出ました.○○さんは幾ら,××さんは幾ら,…”そのうちプツンと音がしてブラックアウト.電池切れです.後は皆さん想像でお支払い.

3) チェンバロは事前に調律,鳥の羽の茎が弦に離れ過ぎず近寄り過ぎずの調整はアクションに付いているねじの締め方でするのですが,古いせいか以前のように微妙な調整が出来なくなっていました.
さて,当日バイオリンのアベマリアに例のバッハ平均律集の伴奏を久保さんに付けて頂いたのですが,あるキーの音が出なくなりました…途中から結局最後まで.チェンバロの色がだんだん青ざめて行くのが判りました.(これは嘘,青ざめたのは私です)

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2002/6/10
耶馬溪交流会が終わりました.
ピアノサークル”アンダンテ”の皆さん,ギターデュオの太田さん松本さん,バイオリンの三宅さん,ピアノの先生久保さん,そしてコントラバスの関口さんと私.

交流会にふさわしく楽しい会でした. 私が目指したのは色々な楽器奏者が交わり,それぞれの音楽に対する姿勢を感じあう会になれば…,と言うものでした.

”アンダンテ”の皆さんは,このような企画に乗るのは初めてだったかもしれません.部外者の余計なお世話だったら謝ります.

でも音楽の世界で他の楽器と”合わせる”というのは極く一般的な事で”それも結構面白そうじゃん”と思って頂ければこの企画は成功したことになります.

ギターデュオは結成して何年か経ちますので息もぴったり,二人の音楽の寄り添い方/メロディの受け渡しは是非目の当たりにして感じて頂きたかった事です.

蛍も良かった,焼肉もおいしかった,良いお湯だった,そしてその上6月8日の午後に流れた音楽がその場の皆さんの心に残れば,と念じております.

皆さん,ありがとう.

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2002/6/6
姿のない演奏者
会社の近くに何軒か住宅がありますが,その一軒からピアノが聞こえます.熱心に練習していてなかなか上手です.ポップスだったりクラシックだったりしてレパートリーが広く結構初見が利くみたい,事務をしながらBGMを楽しませて貰っています.どんな人だろう?

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2002/6/5
意図と結果
サッカーを見ていて,動作に意図が明確に見えるチームとそうでないチームがあるようです.ボールを受ける前からサッカー場全体の敵味方の動きが解っていて,ボールを受けた瞬間には,相手を誘い込んでスペースを作るための動きをするかそれともスペースに走り込んでいる味方に素早いパスを回すかを決めていなければ,相手から自分の動きを封じられてしまうか,又は安全圏での緩慢なパスまわしに終始(これにもスペースを作り出す意図があるかも)してしまうようですね.

意図が明確に見えて,パスがその通りに味方に繋がる良い結果が出ると思わず引き込まれます. サッカーは全くの素人ですが,門前の小僧みたいにいつの間にかお経を読むようになっていっぱしの口を利きます. まだ十分にルールも理解していないのに….

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2002/6/3
パワー信仰
イチローが打席に立つ姿には”武士”的なイメージが重なります. 集中心は勿論のこと求道者的な精神性を感じるのです. 成績は二年目も打率トップ,押しも押されもしない本物です.

パワー信仰の強い(と思う)アメリカで,パワーではなく技術でヒットを重ねて行くこのようなタイプの選手が二年連続ファン投票第一位の人気を集めるとは意外で痛快です.

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2002/6/2
捜索の成果
行方不明になっているいたいけなイタリア娘の為に野田さんがヨーロッパを縦断して一大捜索隊を組織して下さいました.シシリア島のマフィアに勝るとも劣らない優秀な組織によって行方は突き止められました.その生まれたばかりのイタリア娘は工房の薄暗い隅で注文者の好みのお化粧を施されるのを待っていたというのです. 何と. 伝えてあった好みはどこで立ち消えていたのでしょうか. よしよし,これからお迎えをよこすからね.

野田さん,ありがとうございました. 優秀な捜索隊長によろしくお伝え下さい.

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2002/5/31
見切り
相手の刀の切っ先がどこまで伸びてくるかを予測するのを見切りというそうです.その範囲を避ければそれ以上身を引かなくとも危険がないわけで,良い見切りをすれば無駄な動きがなくなり,次の攻撃姿勢にすばやく移れます.

転じて”見切り発車”も乗客が乗り終えるのと列車が動き出すのが同時になれば時間の無駄がないので,乗客の動きを見切って(予測して)それに合わせた発車作業をする事なのですが,実際にはもっと早いタイミングで発車する意味に現用されています.

さて,からすは頭が良いと言われています.人との空間的関わりで からすは実に良い見切りをします.自分に危害が及ぶかもしれないぎりぎりの距離に人が近づかない限り動こうとしません.他の鳥は見切りをしませんから人の姿が目に入るや否や逃げ出します.

からすのそんな見切りの良さが人を小馬鹿にすると映り,からすは評判が良くありません.しかしからすに言わせると,”経験に基づき合理的な動作をしているだけでそれを以って憎むのは筋違いだよ”でしょうね.

とは言え,道端で見る余裕たっぷりのからすには,そこはかとない小憎らしさを感じてしまいますね.

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2002/5/29
陽気者の日陰暮らし
我が家の敷地には不釣合いな大きさの二本のニレがあってその下にサツキを30本位植えています.もう植えてから7年経ちますが一向に大きくなりません.ニレは5月になると一杯に葉が茂り幹の回りは薄暗くなるほど.どうやら植える場所を間違えたようで,独房に入った落語家のような風情です.しかしもう植え替える場所がありません.

どなたかの日当たりの良い庭に引越しをさせる事を考えた方が良いようです.

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2002/5/28
ML
野田一郎氏がバスのメーリングリストを開設しました.とりあえず野田式奏法に興味を持つ人,という括りのようです.”実践している人”というくくりでない所が面白くて賛成できます.奏法は手段,目的はより良い音楽,という事ですね.興味を持ってさえ居るならむしろガチガチの”ジャーマンこだわり”の方もおられるほうが幅と深みが出るような気がします.

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2002/5/27
HPの諸元
このHPがver.2になってから半年余り,リニューアル当初のHP諸元から大きく変わったのはファイル数です.187ファイルから再スタートして現在は278,という事は半年の間に90ファイル増えたのですね.でもフォルダ数は3しか増えてないのです.同様にサイズも3.13Gbから3.24Gbとわずかしか増えていません.

そもそも一年半前の開設当初はHP作成ソフトが勝手に作るバックアップファイルのせいで現在くらいのファイル数がありましたが,今はソフトにそのような勝手なまねはさせていませんから,このファイル数は意味のある実数です.

ファイル数が増えた理由には奥田さんのHPが大きく成長したこと,画像ファイルが増えたことが考えられます.でもその割りにサイズが増えていないのは画像を極力軽く作っている為でしょう.

それにつけての反省はこれまで一ヶ月に小文のアップロードを二回弱の割合でやっていましたが現在は滞っています. 原稿は店ざらしになっていますからこれも手掛けなければなりません. 上梓予定の”母娘のコンサート”はもう完成直前,”谷間の灯”は実を言うと出来上がっていますが,UPの順序は守りたいのでもう少しお待ち下さい.

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2002/5/25
合わせもの
今日はyamakamiさんと練習.ピアノとのデュオは初めてのことでした.
いったいに合わせものは気持ちのやり取りが面白いですね.こんな風に弾きたいんだ,ついて来てくれ,よっしゃ解った とか おいおいもっとさりげなく,えっそうなの じゃこんなんでどう? とかを言葉を交わすことなく会話出来れば最高です.こんなのは大勢の合奏では味わえないこと.

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2002/5/24
一周年その2
西日本一帯を襲った地震から早一年.
その地震の体験から耐震型バススタンド製作を思いつき,図面を引きかけたままもう10ヶ月くらい経ってしまいました.なんとめまぐるしかったこの一年.

ほーう そうか,では,この一年で何が出来た?

よく考えたら私自身の物事の処理能力が退化しただけかも知れません.

ゆっくり生きよう,カッコ良く言えばそんな人生観に変わったのは二年前.それを境にうっかりものでノロマになってしまったのです.

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2002/5/23
生意気
学生時代,私の主張は”バスには乗るまい,歩いて行こう”でした.
当時アメリカから”バスに乗り遅れるな”という合言葉が入ってきました.社会全体が活発になり,新しい商品/新しい生活様式がどんどん受け容れられ出した頃のことです.

それに反発して考えたアンチテーゼです.

不肖みーさんの現在は”長いものに巻かれよう”とまでは行きませんが,それに近い”長いものに巻かれる場合があったって良いではないか”と考えています.

人がある主張をするならば,それにも何かやんごとない理由があるだろうから,一旦はそれを受け容れて見よう,と思うことは気を楽にします.それが昂じると ある時にはこう思い,別の時にはそれと相容れない事に賛成するという厄介な事態が生じることがありますが,イガイガと生きるよりは肩に余分な力を入れずに済みます.

でも若い人が自分の主張を通そうとして生意気なのはいいですね.そんなの好きですよ.

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2002/5/22
インナートリップ後日談
宮崎の綾町を訪ねたとき,町内に散らばる種々の工房を5軒以上回ってスタンプを突いて貰えば抽選で何か当たります,と町内案内所のお嬢さんに言われてスタンプカードを貰いました.それを握り締めて夫婦であちこち回りましたが,その抽選に見事当たったと見えて,今日綾町から荷物が届きました.中身は小さい土鍋のようなお皿,ラッキー.カード二枚提出して一枚当選,確率5割.

こりゃ綾町さん,ありがとう.機織りもやってみたいし,また機会を作って訪問します.

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2002/5/21
バナー
HPのリンク集において自分のHPの差別化を図る為に作成する小画像(アイコン)をバナーという.バナーの定義をすればこのようになるのでしょうか.

私自身はバナーを作るのに無頓着でした.皆さんが揃ってバナーを作れば,逆にアイコンでなくtextだけのほうがむしろ差別化になるかもしれません.

などど屁理屈をこねていましたが,未来さんのリンク集を見てこりゃ迷惑を掛ける,”音楽そしてコントラバスver.2”と書けば字余りになって枠からはみ出てしまいます.

じっと見ているうちにアイデアが沸きました.HPのトップページデザインをそのまま縮小して再度バランスを取り直せばバナーになりそうだ.早速画像ソフトにトップページを取り込んで加工し,出来上がりました.

本当に人生一寸先は闇,突然何が起こるか皆目見当がつきません.最近は私自身の持つ習性や信条が突然変異を起こすケースが散見されます.良いことか,悪いことか.

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2002/5/19
共通項
昨日テレビを見ていて,感銘を受けました.
日韓の付き合い方についてですが,”過去の歴史を見るとき,何が二つの国の共通項なのかという視点から考える”と言うこと. そうだ,それが二つの国に必要なことなんだ.

これまで韓国は被害意識を強調して来たように見えます.韓国は過去の日本に対して秀吉の出兵に始まり,大東亜共栄圏という名の植民地政策のこと,韓国文化の日本化を進めたこと,従軍慰安婦のこと,そして靖国神社のことなどを取り上げて反発してきました.

一方戦後日本はそれまで関わって来た韓国を始めアジアに無関心になってしまいました.

歴史の読み方は一面的では不十分,あちらからこちらからと視点を色々に取って見た後に他に煩わされない自分自身の観点を定めなければなりません.その意味で韓国の歴史教科書の日本語訳があれば,と思っています.私は今,韓国の歴史教育が自国に関して,また日本に関して何をどのように教えてきたのか知りたいと思います.中国/韓国で問題にされた日本の歴史教科書は去年読みました.

戦後日本の歴史教育は逆方向へ行過ぎていたと思います.祖国に対する尊敬の念を殊更殺いでしまう教育は,民族意識だけを植え付ける独りよがりの祖国教育と同列に危険で,同じようにつまらないものです.

望ましい教育のひとつが,上記の”共通項を探す”というものでしょう.
それが”対等な立場で共通項を将来にわたって築き上げてゆく”という新しい姿勢を生むのではないでしょうか.

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2002/5/18
訪韓
去年教科書問題を韓国政府が大々的に取り上げ,民間の日韓交流を差し止めました.そのあおりを食らって,私の所属する団体が毎年やっている日韓学生交流がほんの直前になって先方団体から硬い文面の(韓国政府が主張する通りの内容で)中止通達文が届きました.
今年は先方から要請文が届き,再開することになりました.

サッカーを日韓で共催しようがしまいが,お隣同士良い意味で影響を与え合う事を政治が止めることは出来ないでしょう.それが自然で望ましいことです.

天皇訪韓は出来るだけ早い目に計画してほしいと思いますし,その先に竹島領有問題解決がありますが,民間の草の根交流を積み重ねているうちにどちらもより良い隣人になれるでしょう.しっかり自分の視点とスタンスとプライドを持ち続けることは依然必要ですが,それが仲良くすることを阻むものではないと思います.

今年は会長として学生と一緒に7月終わり頃訪韓することになりそうです.板門店訪問が予定に組まれているようです.ここは是非訪れてみたいと期待しています.

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2002/5/17
一周年
去年の5月9日のときどき雑記でランニングと筋力トレーニングを再開すると公言しました.それまでずるずると1年2ヶ月サボっていたものを公言することで自分にプレッシャーを掛けようと思ったのですが,幸いなことに再開以後ずっと続いています.

でも運動強度は本当に落ちました.ランニングは20分から40分,時速9キロ程度のゆっくりしたものです.それも一週間に2〜3日. 筋力トレーニングはここしばらくは不熱心,筋肉は落ちてしまいました.ストレッチは運動後にやっています.

何かに熱中している時は運動する時間がもったいなくて一週間くらいお休みをすることもありますが,ともかく公言したことが良い方向へ作用しました.

何かをはじめようとするとき,二通りのやり方がありますね. 黙って密かに始めて,或る程度実績がついてからそれを他人に言うやりかた,公言して,リスクとプレッシャーを背負うやり方. 私は意志が弱いのか,はた又気が多すぎるのか,ずっと続けるにはプレッシャーがあった方がうまく行きます.

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2002/5/16
画面のプロパティ
皆さんはご自分のPCの画面をカスタマイズしておられるでしょうか.デスクトップ上の画面で何もないところを右クリックすると現れる”画面のプロパティ”を操作するのですが,私は以前から各部分の色を自分の好みに合わせて変えています.もう5年くらいになりますからほかの色のPCでは作業をしたくないとさえ思います. ところでデュアルブートした今,win2000でもwin98でも同じ色では面白みがないのでデザインをそれぞれの為に変えてみました.従来のデザインはblue greenと名前を付けていましたが,win98用にはyellow purple と名付けて従来よりは派手目のものにしました.二つ画面を”飼って”いるのはPCライフを楽しく感じさせます.デュアルブートでの思わぬ拾い物.

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2002/5/15
歌を忘れたバシスト
このときどき雑記では,最近バスの話題を口にしません.バスのHPなのに管理人はいったい何をしているのでしょうか.はい,管理人はバスを忘れてしまっているのです.次々に目の前に現れる課題にかまけていつも後回しになってしまっているのです.大きな理由の一つに,発注したバスがいつまで待っても届いて来ない事が含まれています.地球はやっぱり大きかった,イタリアは多分地の果てなのでしょう.

いけませんね,そんな事では. 早くバスの世界に戻らねば….

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2002/5/14
意地っ張り
PCをデュアルブートするのに便利な或るソフトを利用しました.それはOSと深いところで関わりを持ちながらそれを操作するものですが,用事が済んだのでそれをアンインストールしようとすると,何と不埒なことにアンインストールするならその後のPC操作にダメージを与えると警告文が出るのです.まるで辞職勧告を受ける議員が”そんな事をするのならお前の薄暗いところをバラすぞ”と恫喝するようなものです.

ようし,やって見ろ.こっちにも覚悟がある.…迷うことなくアンインストールしました.お陰で,デュアルブートですからアプリケーションの色々と共にOS二つとも再インストールし,各種設定をやり変えました.これによって二日間の努力が無駄になり,おまけに更に別の問題を抱え込んでまだその解決に至っていません.私も意地っ張りですね.

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2002/5/13
インナートリップ宮崎編5
南九州の美的感覚
綾町にお城があることはちょっと触れました.その小さなお城を建築したのはたった15年前,けれども昔そこに建っていた城を考証して貰った上で再現したそうです.コンクリート製ではありません.綾町の真面目なアプローチに好感が持てます.

この建物を見て南九州地方の美的感覚の方向を感じました.それは直裁的で大胆.単純なゆえに見るものを圧倒する迫力があります. 私が気づいた技巧は城の正面にある門の太い5m程の四本の柱がほんのわずかに(3センチ程度)上部を寄せ合って安定感を出している位で他に小細工はなく見事なものです.

城の敷地内にあるクラフト産品展示即売の為の大きな建物も同じ感覚.面白いのは壁.土壁は最低下塗り,中塗り,仕上げ塗りと三回に分けて塗るものですが,わらを刻み込んだ最初の下塗りをそのままにしてあるのです.それが建物にマッチしていることで建物のおおらかなイメージがお解かりでしょうか.

改めて南九州の美点を認識しました.

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2002/5/12
インナートリップ宮崎編4
母校と下宿
私は中学二年と三年の間を宮崎に住んでいたので,思い立ってその母校を訪ねてみました.宮崎駅から昔の通学路を辿って探しました.当然の事ながらまるで景色が変わっていてすぐには判りませんでしたが建物群の間から特徴のある校舎が見えたので行き着くことが出来ました.45年前は宮崎駅のプラットフォームから広々とした空間を経てまっすぐに見えたものです.全部建て変わっていましたが正面の校舎だけは昔のままに残っていました.休日の為に誰もいないと思いましたが,校舎を回りこんでみると職員室に若い先生が一人おられて,彼に断って中に入りました.家内を案内して回る私自身を不思議な存在に感じてしまいました.その時気分は中学生だったのです.中学生に伴侶はいない!
外観だけでなく中も全く昔のまま,変わっているのは校内売店に平原さんが居なくなってその代りに放送設備が座っていること.

大淀川を越えて昔の下宿も探しました.記憶にある最初の辻を右に曲がってみてもここは初めて来た場所のように思えて判らずじまい,あきらめました.45年といえば半世紀も前ですものね.二階の窓からおしっこをしておばあちゃんからたしなめられたのを懐かしく思い出しながらそこを去りました.

二時間ばかりの感傷旅行.

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2002/5/11
インナートリップ宮崎編3

今回の宮崎旅行で南国らしい日差しだったのは日向市の名所”馬の背”を訪れた頃だけ,あとは小雨か曇り.その分宮崎県の緑はきれいでした.

桜の時期に山の桜はとても目立ちます.秋になればハゼやモミジがここを先途と存在を主張します.それに反して一年を通して目立つことのない地味な樹木もたくさんありますが,そんな<その他大勢>の木々も五月にはとてもきれいです. 人も同じですね.

自然はどんな立場のものにもそのために場所や時をちゃんと空けてくれる,これはすばらしいことです.

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2002/5/10
インナートリップ宮崎編2
おりもの
綾のお城の中にある工房では観光客相手に焼き物と織物の教室がありました.その織物教室では生徒は誰もいず,先生らしき人が一人で織機に向かっていて,その作業の有様をしばらく眺めました. 小型の織機ですが,足で縦糸の仕掛けを上下にぱたんはたんと入れ替え,そのたび毎に”ひ”(どんな字かしらん?)を左右に飛ばしてはとんとんと織り目を締める様子を見ているうちに自分でもやりたくなりました. それもひと時の楽しみではなく自分で織機を持ち,趣味として織物をやりたくなりました.それまで考えもしなかった事です.

単調な織工としての職人作業と,糸の色の重なり具合を考える芸術的な思考,どちらも私の好みに合いそうです. うん,決めた.退職後の趣味のひとつに織物を加えましょう.

その為には日を改めて又綾町を訪れなければなりません.

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2002/5/9
インナートリップ宮崎編1
美々津のこと
美々津とは宮崎県北部の海に面して古くからある町です.ここには町並み保存地区があり材木の積出港であった江戸時代の町並みを復元,保存しています.感じ入ったのはその家々が個人のものであり,現に持ち主が住んでいる事です.芝居の大道具のように薄っぺらではないのです.国や市(日向市)から補助があったにせよ,現代の人々が個人資産をそのように修復して住みなすのは並々ならぬ熱意と歴史に対する誇りがなければ出来ないことです.歴史民族資料館として使っている昔の庄屋の中で,訪れる観光客に展示物の説明をするおばさんにもその熱意と誇りを感じました.

その町で感じた関連事項. 町並みには近代になって建て替えられた家もわずかですが散見されました.多分保存地区に指定される前に建てたものでしょうが,そこに住んでいる人に申し訳ないと思いながらもその存在感のなさに驚きました.建物の表情は不思議なことに古い伝統に裏打ちされた方が反って生き生きしているのです.人間と同じようにアイデンティティは建物にも必要であり,それは地域性(気候風土にマッチする意味と理解して頂いても良いし,その地域の伝統的技法に基づくと読んでも結構です)と歴史に裏打ちされなければならないと改めて強く思ってしまいました.現代に建てられた家が100年後にその表情を保ち続けることができるでしょうか.自分の代だけで良いと思って建てる家に,それは叶わないとしても,間取りや設備は最新の考え方が望ましいのですが,たたずまいはせめて町並みや周囲の景色とかけ離れないものであって欲しいと思うのです.

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2002/5/6
帰着
先程宮崎旅行から帰って来ました.アシュケナージのコンサートが終わって出発したのが5時,途中延岡で夕食を摂って中津へ帰り着いたのが10時,連休最終日にしては道路の混雑もなくスムーズでした.帰ってみれば新しいPCが到着しています.さて地獄はもう少し続きそうです.

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2002/5/4
明日から二日間,家内と宮崎旅行へ行ってきます.
ああでもないこうでもないと夜遅くまでPCから離れない生活にちょっとだけお休みをします.リフレッシュとは言いながら結局問題を先送りするだけなのですが,家に帰っても家内の顔を見るか見ないうちにPCを膝に抱きかかえて来ましたので,罪滅ぼしです.宮崎で見る予定のアシュケナージの弾き振りは楽しみ.

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2002/5/1
回り道
PC再構築は日常の業務に差支えが出ないようにしながら少しずつ進めています.差し支えるのは私の時間です.大幅に作業に時間が掛かっています.

デュアルブートは10日くらい掛かって何度も何度もトライして解ったポイントはOSの選び方にありました.PCを買うと当然のようにOSが付いてきますね.少し前ならwin2000,今ならwin2000XPです.パソコンに予め組み込んであるOSはバンドル版というそうでパソコンのメーカーが自社のPCの取り扱い方などをOSと一体にしています.そのようなOSでは駄目のようです.インストールする二種類のOS双方を製品版と言ってOS単体で町で売られているものを使えば上手く行きます.

この説明を解りやすくする為に例え話を考え付きましたが,あまり品が良くないのでご紹介するのは止めて置きます.何はともあれ,製品版を使って仲良く同居させる事が出来ましたが,これが解るまで余分な時間とお金を使ってしまいました.


2002/4/30
転がる石には苔むさず
この格言は”継続は力なり”のバリエーションで,一つことに長い間集中すれば得るものは大きいと言う意味に受け取ってきました.所が今日の朝日新聞の天声人語によるとその筆者は自己変革の奨励と思ってきたそうです. これにはびっくりしました.苔をどう解釈するかがポイントで隠忍の成果と捉えるか,沈滞による余計なオリと見るかの違いですね.

どのように解釈しようと人生のヒントになればそれで良い訳ですが,同じ言い回しから全く違う受け取り方が出来るこの格言は,それだけ含蓄のあるものなのでしょう.

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2002/4/29
繰言
4月24日の”小さいミス”でダブルクォーテーションマークが抜けていたと書きました.実はHPソフトはそれを面白く思わず,”その記述は間違いだ”と主張するのです.そして文字化けする方の記述を正しいと言い張り,訂正記述した文字化けしない命令文を赤や紫色に変えて怒っているのです.ソフトは何が不満なのでしょうか.

一方DOS画面でのPCは特に横柄です.”その記述は間違いだ”と言うばかりで”こうしてみれば?”とか”どうしたいの?”とかは言ってくれません.

こんな風に悪口を言いたくなるほど最近PCは一向に気持ちよく動いてくれないのです.後どれくらい格闘する事になるのでしょうか.私を助けてくれるはずのPCは今大きく私の時間を奪ってしまっています.

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2002/4/28
別府音楽祭でのアルゲリッチ
舞台に進み出てきた,明るいレンガ色をした長い裾の衣装が白髪に良く似合う老婦人がアルゲリッチだと気付くのにしばらく掛かりました.私のLPジャケットを飾るアルゲリッチは鋭い顔つきの40歳台でしたから.

舞台を居心地の良い我が家の居間であるかのように振る舞い,ピアノ椅子をまるでお気に入りのカウチのように座って,自然に呼吸するように或いは気分良く鼻歌を歌うようにリラックスして音楽を紡ぎ出すさまは流石.

会場のビーコンプラザはたっぷりとした響きでしたが,それだけに音がクリアに抜けにくい印象,けれどもアルゲリッチの音色は抜きん出て粒が揃い他のピアノ奏者とは違う楽器を弾いているように感じました.

連弾もありましたが,素朴な疑問ながら並んで弾く時はペダルをだれがどのように踏むのでしょうね.3階の遠目からは疑問が解けないまま.

ナカリャコフのフリューゲルホルンも包むような音色を堪能.久し振りのコンサートを楽しむことが出来ました.

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2002/4/27
コペルニクス的転回
耶馬溪交流会の為の特注Tシャツを発注しました. 胸のロゴデザインはyamakamiさんのお知り合いの方,とてもよいデザインで気に入っています.私たち夫婦も同じものを注文します.

私はこれまで家内と同じものを着る事はありませんでした.少し感覚が古いのだと思いますが,夫婦お揃いなんて気恥ずかしくて….
所が今回は同じものを着ます.主義/感覚のコペルニクス的転回.それも良しとするか.

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2002/4/26
耶馬溪通信8
耶馬溪鉄道とサイクリングロード
明治が終わり大正に入ったばかりの頃,内陸部の日田目指して中津に鉄道が開通しました.線路の敷設は山国川沿いに日田までの道程を半分残して,36km奥の山国町で挫折,ついに1975年国有化される事なく赤字の為廃線になりましたが,それまで可愛い積み木のようなガソリンカーが走っていました.その線路跡がそのまま直ちにサイクリングロードに改装されましたが,これは名案でした.勾配もカーブも自転車に適当,景色も楽しめます.中津からでは山国町までの全線踏破するのに骨が折れますが,前出の擲筆峰の近くには自転車を貸し出しする施設があって,そこからなら美味しいとこ取りが出来ます.発足当時は九州で一番,全国で11番目に長いサイクリングロードと言うことでしたが,現在ではどうでしょう.

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2002/4/24
小さいミス
リンク窓の文字化けの原因がやっと解りました.
構文中のダブルクォーテーションマークが一つだけ抜けていたのです. それは使用するフォントを指定する命令文の中ですが,ほんのわずかな抜け落ちのために正常に認識することが出来なかったのでしょうね.

パソコンとは実に賢いと言うか,融通が全く利かないというか,馬鹿というか,何とも言えません.パソコン側から私に言及するなら”馬鹿なのはお前だろ”でしょうね.きっと.

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2002/4/22
経年変化
この”みーさんの音楽ホール”も昨年秋の改装が無理だったのか,最近ちょっとした故障が散見されるようになりました.管理人室とロビーで雨漏り,ではなかったリンク窓表示が文字化けするようになりました.気付いてはいましたが,会社のPC環境の改善に時間を取られて手直し出来ませんでしたが,今日復旧しました.原因は解らないままです.

このリンク窓はいずれ全く新しいものに取り替える予定で,ここをクリックすると音楽ホールの構造がよく解るものにしたいと思っています.初回訪問者からこのホールは解りにくいと言われていますので,何とかしたいと構想だけは暖めています.いつするのかは未定ですが,気長にお待ち下さい.

その時は液晶ディスプレイではなく,CRTを使ってカラーデザインの見直しもやります.色彩構成を検討する際に使った現用ノートPCは地味な色調なので,皆さんのPCでは私の予想を超えて派手に見えているはずです.

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2002/4/20
青蛙
玄関の脇に置いた高さ60センチ位の壷に水を張りいつも花を投げ込んでいますが,それに青蛙が住みつきました.時々玄関の壁に張り付いています.普段は葉っぱの影にいるためか壁のグレーには体色を似せていません.10月の国勢調査までそこにいれば青蛙も家族に含めねば….

何年か前は植木鉢の下を棲み家にした青蛙がいて,裾に開いている水抜き穴を玄関にしてそこから外界を眺めている姿はなんとも愛嬌がありました.

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2002/4/19
初物
昨日は初なりの野苺を食べました.次の実はまだ食べられません.そのうち毎朝が楽しみになります.

初物と言えば紅茶の初物はファーストフラッシュ,紅茶の好きな家内にとって5月の定番ですが,コーヒーにも初摘みがあってファーストなんとやらと呼ぶそうです.で,それを注文することにしました.100g1500円以上ならどんなに美味くても買わないと思っていたらそれよりはるかに安いので胸を撫で下ろしています.

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2002/4/17
コミュニケーション
昨夜は会長を引き受けることになった団体で,主になって私を助けてくれる役員ご夫婦二組を我が家へお招きし,楽しく食事を共にしてコミュニケーションを堪能しました.

不景気が直接の原因だとは思いますが会員の減少はもう何年も続いていて,これにどのように対応してゆくかが頭の痛いところです.年度は7月に始まりますので,やがて会長方針を発表しなければなりません.

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2002/4/16
ゴールが見えない
今日は火曜日,事務所の整理はまだ付きません.PC再構築は5割.CAD用に仕入れた大画面のディスプレイも未結線.おまけに修理に出していたノートPCが戻ってきてそれへのデュアルブートの再挑戦が緒に就いたばかりです.HP更新もままになりません.

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2002/4/15
耶馬溪通信7
話は打って変わって今回は剣豪島田虎之助.
山国川が海に注ぐあたりに飯椀を伏せたような天仲寺(てんつち)山があります.そこで毎日剣術の腕を磨いた中津藩士島田虎之助は幕末の江戸へ上って,後に真心陰流の道場を開きます.小説”大菩薩峠”の中で彼は新撰組の土方歳三配下十数人を叩き切るそうですが,史実ではないとの事.然し著者にそう書かせる強さは持ち合わせたのでしょう.

そんな彼の元へ師匠から若者を紹介され弟子に取りました.その名は麟太郎,後の勝海舟です. 虎之助は凄腕でしたが単なる剣術使いではありませんでした.麟太郎に蘭学や禅も勧めたのです.蘭学とはとりもなおさず新世界観を意味したはずです.虎之助はそのように勝海舟が育つ手助けをした事で日本の歴史に間接的に寄与したと言えるでしょう.虎之助が若い麟太郎に蘭学を薦めた素地には中津藩の殿様の蘭学好きやここから輩出した蘭学者達の存在が横たわっていると推量されます.

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2002/4/13
疲れたけれど
昨日は事務所内の模様替え,頭を真っ白にして一から配置を組み立てるのですが,どう考えても基本的には今が一番.わずかな改変にしかなりませんでした.それでも事務員さんと夕方まで掛かって終わりません.がっくり疲れました.PC関係だけは大きく変わるので何回かに分けて移動の予定,配線だけ引き回して今後に備えました.

模様替えは僅かなものであっても気分が新鮮になって良いものです.また整理をしてみると,保存していたものが実は既に不要になっていたりして,その結果品物が減ってすっきりします.疲れたけれど気持ちは上々.

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2002/4/12
親の背中を見て育つ
通っているスポーツクラブの浴場には張り紙がしてあります.”お風呂の中で歯を磨かないでください”
来るのは大人ばかりのこの施設でこの張り紙. 女性の風呂場ではタオルさえ持たず全裸のままでロッカールームから隣のトイレ室に行く人もいるそうな.

私だって戦後のどさくさに小さい頃を過ごして十分な道徳教育を受けていないので更に年上の人からは礼儀を知らないと思われているでしょうから大きなことは言えませんが,そんな私にさえまるで小さい子がそのまんま歳を取っているようにしか見えませんね.

そのような人に育てられた子が大きくなって自分の子供を育てて,又その子が…と考えるとその時だけは暗い気持ちになります.

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2002/4/11
模様替え
会社の古いwin95機を入れ替える事に端を発してCAD用に新しくPCを買い足します. それをきっかけに事務所内の配置も一から見直すことにしました.Win95機を経由して動かしていたプリンターもHUBをかませてどのPCからでも直接動かせるように変更する計画です.

新規購入するPCは一旦自作を考えましたが(自作はどうやらプラモデルを作る程度の工作でしかないようで,その難しさはべつのところにあるようです) 時間が勿体無いので用途に合わせて特注することにし,後から改変や増設を自分ですることにしました.

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2002/4/10
メッシュ
頭髪の一部分を違う色に染めるのをメッシュと言うそうですね.これがお年寄りにまで流行っています.おかげで我が家のドウダンつつじまでがその真似を始めました.

庭のドウダンは植えてもう20年,やっと今年小さいベルのような花をつけました.多分モッコクともみじの下植えになっているせいでしょう.それが一部分だけ丁度メッシュのように白く咲いているのです.おしゃれ.

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2002/4/8
耶馬溪通信6
福沢諭吉のお話です.山国川にも耶馬溪にも直接ゆかりはありませんが,福沢諭吉は先刻皆さんご承知ですね.日本の最高額紙幣を飾る男で,幕末明治初期にあって平明で柔軟な思想の持ち主でした.

彼は大阪の中津藩蔵屋敷で会計係の子として生まれ,人格教養がありながら旧態依然とした中津藩の門閥に阻まれ何事もなし得なかった父を見て育ち”封建制度は親の仇でござる”と考えるようになりました.上方から中津に下って後はそこを脱出する事ばかり考え,長崎へ蘭学修行に出掛けるときは振り返って唾を吐いたほど嫌だったようです.

蘭学を修めて後に開港したばかりの横浜でカルチャーショックを受け,ならばと英語を独習してチャンスが巡って来,咸臨丸で洋行することになりますが,中津の事とはかけ離れるのでこの話はここでおしまいです.

一言付け加えるなら,当時日本で勝海舟/坂本竜馬と肩を並べるこの先覚者が,中津出身とも言える経歴をもっていた事は面白い取り合わせだと日頃から考えています.

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2002/4/7
尾道
尾道へ行ってきました.会社の同窓会は学生時代の同窓会とはまた違った味があります.時間の共有は学生時代よりは長いのである意味ではもっと近しく感じます.60歳を過ぎた仲間もいて,毎年やろうやという声さえありました.

尾道で気づいたのはコンビニがない,ファストフード店がないこと.寺が多いこともあってとても落ち着いた町です.葉桜でしたが,その代わり新緑が鮮やかで私に取ってはどちらでも良かったのです.

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2002/4/5
survival the fittest
中学生のときに覚えた適者生存という言葉ですが,庭の芝生で雑草の草抜きをしていて適応の仕方も色々あるなと感心します.

まず抜かれにくいようにしっかり根を張るもの,抜かれても根っこが残るように茎だけが細くて弱いもの. 後で大きくなる木なら発芽の時分は造作なく抜けるのは回りにたくさん生えると成長したころに混み合って困るからでしょうか.でも椿などは若木のころは陰樹で大きくなると陽樹に変わるというのも素晴らしい工夫ですね.森の環境に見事に適応しています.

<みーんな悩んで大きくなる>ようにどの種(しゅ)も悩んで適応の道を探ったのでしょうね.

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2002/4/4

ある夜わたしは夢を見た
神様と二人並んで
私は砂浜を歩いていた
…砂の上に
二組の足跡が見えていた
ひとつは神様の
もうひとつは私のだった
…しかし最後に
私が振り返ってみたとき
ところどころで
足跡が一組だけしか見えなかった…
”私の愛する子供よ わたしはけっして お前のそばを離れたことはないお前が最も苦しんでいたとき 砂の上に 一組の足跡しかなかったのはわたしが お前を抱いていたからなんだよ”

これはアルフォンス/デーケンが読売新聞で紹介したM/パワーズという人の詩です.とても良い詩ですね.
ここでポイントは”私”は神様に”つらいから抱いてほしい”と要求をしたわけではなかった,つらくとも自分自身で歩いて来たのだけど後から気付けば支えられていたんだと理解出来る,というところにあると思います.もしそのとき神様に援助を要求していたらきっと与えられるものに不満しか感じなかったでしょうね.

この詩のなかの神様とはだれでしょう.

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2002/4/2
桜のように
桜の時期には山一面の緑の中で”あそこに桜が…”と一目で解ります.並外れた個性が時を得て文字通り開花するのですね.それを見ると何時も連想するのがスキー場です.普段は埋もれているかも知れない人がゲレンデで見事なウエーデルンを見せて衆目を集める,スキー場の桜です.人の個性もいつも目立つのは本人も疲れるでしょうが,何かのときに一瞬ぱっと光り輝けるものなら良いですね.


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